【相談】転職したいと思ってる自己中な自分が情けない→一番大切なのは自分の人生だよ。

 
 
隼人(仮名)という同い年の男友達から、ある日こんなことをLINEで言われました。
 
 
ー今の会社が合わないしスキルアップをしたいから転職したいんだけど、今の会社の人たちには本当にお世話になったから辞めるのがすごく申し訳ないんだよね。申し訳なさすぎていつまでも上司に切り出せなくて、最近マジで情緒不安定になってる……。こんな自己中な理由で辞めようとしてる自分が情けないよ……。
 
 
「もしかしたら少しその気になるかもしれないと思うことちょっと長く言っても大丈夫?」と聞いて許可を得てから送った長文を公開します!
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
会社を辞めるって言った時のみんなの顔とか、辞めた後みんなにかかる迷惑とか想像するのってめちゃくちゃキツいよね……。ぼくも新卒で入った会社を4ヶ月で辞めた経験があるから、気持ちはけっこう分かると思う。
 
ただ今の話を聞いて、ぼくは隼人のこと、自己中どころかむしろ立派な人だと思ったよ。身の回りの人を無下にできずに自分の行きたい道に進むのを躊躇しているその人間性が、素敵だと思った。
 
で、辞めてもいいかどうかだけど、普通に辞めていいんじゃない?
 
「自分のために他人に迷惑をかけること」ってすごく悪いことだとされてる風潮があるけど、ぼくはそれってそこまで悪いことじゃないと思うんだよね。
 
だって、一番大切なのは自分の人生じゃん。

そりゃ人に迷惑をかけないに越したことはないけど、「自分の幸せ」と「他人に迷惑をかけないこと」を天秤にかけた時に前者を取ることは悪じゃないでしょ。もちろん無罪じゃないけど、「しょうがない」で済む話だよ。
 
 
ただ1つすごく大事だと思ってることがあって、それは「ちゃんと『申し訳ない』って思うこと」。
 
同じ「人に迷惑をかける」行為でも、心から「申し訳ない」って思いながらするのと、「他人への迷惑なんて知らねえよ」って思いながらするのとでは全然違うと思うんだよね。後者の人はどんどん曲がっていって、結局ロクな人間にならないと思う。
 
 
で、この観点から言えば、隼人は大丈夫だと思うんだよね。
隼人が人間できてないクソ野郎だったらぼくもどうかなと思うけどさ、これまで何度も伝えている通り、隼人は十分すぎるほど素晴らしい人格を持ってるじゃん。
 
 
今の会社を辞めたいのは自己中だからじゃない。人に迷惑をかけることを十分に理解した上で、それでもどうしても今のままじゃ嫌だと思うからだよ。
 
「人に迷惑をかけること」と「自己中じゃないこと」は両立するとぼくは思う。
 
だからそんなに自分を卑下せずに、今の会社は普通に辞めたらいいんじゃないかな?
 
 
もっと簡単に言おうと思ったのに予想以上に長くなってごめん!
  
後ろめたい気持ちを持ちながらも毅然として、自分にとって最も良い道を選べば良いと思うよ!
 

「進学してる時点で婚期遅らせてるよね」と言われて幸せの手に入れ方が分からなくなりました→あなたは堅実な道を選んだだけなので焦らず自分の道を行きましょう。

 

質問箱からの相談です!

 

ー来年から社会人になる、21歳の大学生です。

私は「大卒」の肩書きのために進学をしたのですが、同い年の子から「進学してる時点で婚期遅らせてるよね」と言われて苛立っています。

私が選んだのは医療系の道なのでその子よりもお金稼ぐのにって思いますが、その子は「大卒」という肩書きがなくても結婚して子供もできて容姿は良くてマイホームもあるという良いことづくめです。

嫌々進学した私はどのように幸せを手に入れればいいのか分からなくなってしまいました。レンタルさんはこの子の思考回路どう思いますか?

 

 

以下、ぼくからの回答です!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

長文でのご相談ありがとうございます。

自分がした苦労をすっ飛ばしている人が自分より幸せそうに見えると、どうしようもないやるせなさを感じますよね。

 

お話を聞く限りでは、その子の思考回路は「論理的だけど自分本位」だなぁと思いました。

 

自分の幸せを掴むために何が必要で何が不要かを分かっていたから、その子は大学に行かなかったのでしょう。その判断ができた論理力はすごいですが、だからと言って他の人の生き方にケチをつけていいわけではありません。もう少し他者への心配りが必要だと思います。

 

さて、訊かれているのは「この子の思考回路どう思いますか」だけですが、「嫌々進学した私はどのように幸せを手に入れればいいのか分からない」ともおっしゃっているので、この悩みに対するぼくなりのアドバイスもお伝えしたいと思います。

 

以下、すごく長くなりますのでお時間のある時に読んでみてください。

 

 

お金持ちになることや立派な家を持つこと、結婚することや子供を作ることを目指す人は、お金持ちの白馬の王子さまが勝手にやってくるような特別な人でない限り、「努力して望みを勝ち取っていく」生き方をすることになります。

 

ここでポイントになるのは、

「その『努力するもの』は人によって違う」

ということです。

 

人のステータスにはいくつも種類があります。
頭がいい、お金持ち、人格が優れている、コミュニケーション力が高い、容姿がいい……。

それらの中で質問者さんは「(大卒という)立派な肩書きがある」「お金持ち」というステータスを伸ばすことを選んだということなのです。

では、「その子」はどうだったのでしょう。
同い年なのにマイホームを建てたということは、自分でお金を稼いだのではなく、お金持ちの男性と結婚したのでしょうか。

 

もしそうであれば、その子は「女性として魅力がある」というステータスが極めて高かったのです。

その子はそのことを自覚していたから、「勉強ができる」とか「大卒」とかいうステータスを伸ばすことにコストをかけるよりも、自分の長所である「女性として魅力がある」というステータスを伸ばすことにコストをかける方が、自分の幸せには近道だと考えたのだと思います。

 

つまり、質問者さんからはその子が楽をしているように見えるかもしれませんが、その子はその子できっと、「進学する」ということ以外の努力をしてきたのです。

「容姿」は元から良かったのかもしれませんが、他の、たとえば「コミュニケーション力が高い」とか「気配りができる」とかいうステータスは努力で高めたのかもしれません。

そういう、「幸せを掴むために彼女がした努力」を探してみるといいと思います。それが見つかれば、少しは今の気持ちが収まるのではないでしょうか?


では、見つからなかった時はどうしましょう?

「あの子は性格悪いし『女性として魅力がある』っていうステータス低いんだけど!特に努力してるようには見えないんだけど!」と思うかもしれませんね。

それは質問者さんからそう見えるだけなのかもしれませんが、その見立ては当たっていて、実際その子は特に努力をしていないのかもしれません。

 

だからそう見える時は、「そもそも人は平等ではない」という残酷な現実を受け入れなければならないでしょう。

 

羨ましいことに、世の中にはさほど努力や苦労をせず幸せな人生を送れる人がいます。いわゆる「恵まれている」人です。

ずるいですよね。ぼくもそういう人を見るとめちゃくちゃ嫉妬してしまいますが、それはもう受け入れるしかないのです。めちゃくちゃ悔しいけど、「そういう人もいる」と割り切るしかありません。

 

でも、だからと言って腐る必要はないんです。なぜなら、特別に恵まれているわけではないぼくたち「普通の人」にも逆転のチャンスは残されているからです。

先ほどステータスの話をしましたが、言うまでもなく、ステータスというのは「伸ばす」ことができます。

最初から高くなくても(=恵まれていなくても)問題ないのです。

 

質問者さんは「(大卒という)立派な肩書きがある」「お金持ち」というステータスを伸ばす道を選びました。なら、自信を持ってその道を突き進みましょう。

 

日本はいい意味でも悪い意味でもまだ学歴社会ですから、「大卒」という肩書きはけっこう強い武器になります。そしてその武器を使って医療系の職に就けば、「自分の力でたくさんお金を稼ぐ」というもっと強いステータスが手に入ります。

 

これらは、あなた特有の強みです。

あなたには「その子」の持つ強みはないかもしれませんが、「その子」にもあなたの持つ強みはやっぱりないんです。

 

しかも、考えようによっては質問者さんの方が有利かもしれません。

だって、「その子」はもしかしたらいつか結婚相手と別れてしまうかもしれないけど、質問者さんの肩書きや職はよほどのことがない限り無くならないからです。

 

問題は無事に結婚と出産ができるかどうかですが、それもきっと大丈夫でしょう。「医療系の仕事をしていてお金がある」というのは「結婚」という世界の中でも非常に強いステータスですし、今のぼくの話を聞いた質問者さんなら「他のステータス」も伸ばすことができるだろうからです。

 

つまり、質問者さんは堅実で確実な道を行っているのです。そういう道では結果が出るのはどうしても遅くなりますが、長期的に見れば、より安定して幸せな人生を送れる確率は高いと思います。

 

周りと比べる必要はありません。自分にないものではなくあるものを見つめ、焦らず自信を持って、自分の道を進んでいきましょう!

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

質問者さんからは後日、こんなリプライをいただきました。

 

「回答ありがとうございます。

納得のいく回答を得られたからって相手の子と普通に接することはできません。

ただ容姿がよかったから? そんなことで簡単に幸せが手に入るなら自分、親まで恨みますね。

それが自分の運命なのかもしれません……」

 

 

ぼくとしては「運命」なんて言ってしょげて欲しくはないのですが、これ以上は依頼の範囲を超えてしまうので残念ながら何も言えませんでした……。

 

簡単じゃないからこそ人生は面白いとぼくは思うんですけどね……そう思ってもらうのはなかなか難しいです……。

 

【相談】親につけられたキラキラネームが嫌なのですが、改名したら家を追い出されるかもしれません→専門のNPOに相談しましょう。

 

  ナナさん(仮名,女子高生,東京)からの相談です。 

 

親からつけられた名前がすごく変なキラキラネームで、そのせいで虐められたりからかわれたり、ずっと嫌な思いをしてきました。

大学へは違う名前で入学したいので高校生の内に改名したいのですが、名前を変えるためには「改名する必要がある」と裁判所を納得させる材料を用意しないといけないらしくて……。
色々調べたんですけど、どんな材料をどれぐらい集めなければならないのかよく分かりません。

それと、親は基本的には優しいのですが、名前のことに関しては信じられないほど頑固で厳しくて……。

私がどれだけ泣いて訴えても「一生懸命考えてつけた名前なんだから」と言って改名を許してくれないので、もし勝手に改名したら家を追い出されるかもしれません。

泊めてくれる親戚もいないので、そのことも悩んでます。どうすればいいでしょうか?

 

自分の大切なアイデンティティである名前がすごく変なものであるというのは辛いでしょうね……。

いくら一生懸命つけた名前でも、子供がそれで本当に辛い目に遭っていると分かれば変えさせてあげるのが本当の愛情だと思います。
そんな大変な中、状況を変えるために自分で色々と調べ行動されていて偉いですね!

さて、ぼくからのアドバイスですが、専門的な知識や経験を持つ大人に相談した方がいいと思います。学校の先生など身近に頼れる人がいなければ、世間の大人に頼ってみましょう!

弁護士なんかはハードルが高いですが、たとえばNPO法人や国の公共機関なら相談するハードルは低いと思います。

 

たとえばどういうところがあるんでしょうか?

 

今一瞬調べてみただけですけど、たとえばこんなところがあります!  

www.npobunka.net



ぼくはこのNPO法人のことを全然知らないのでオススメできるわけではないですが、要は「こういう相談窓口が世の中にはあるよ」と知っておいて欲しいです!

あと、こんなwebサイトがありました!

me-x.jp

カテゴリや条件(家庭問題,電話で相談など) を打ち込めば、その条件に合わせた相談窓口の一覧を表示してくれるみたいです。ほとんど無料みたいですし、ここで色々と探してみるといいと思います!

 

へー!こんなのあるんですね。全然知らなかったです!

 

日本には意外とたくさんの救いの手があるので、困ったらとにかく検索してみることが大事です!

ところで、こういうところを実際に利用するにはけっこう勇気が要ると思うのですが、そこは大丈夫そうですか?

 

はい!私は勇気とか行動力とかはあるので、それは大丈夫です!

 

それなら良かったです!

じゃあここからは、頼れる職員が見つかってからの話をしますね!

職員の方には、改名するために必要な材料について教えてもらう他に、「親を説得する方法」を相談してみてください。

 

え……。私がどんな方法で説得しようとしても一切変わらない親なので、それは意味ないと思うんですけど……。

 

そうかもしれませんが、説得というものには本当に色々な技や方法があるので、もしかしたら親御さんに効く手があるかもしれません。

一番いいのは、職員の方に親御さんと直接話してもらうことだと思います。自分以外の人からの説得はかなりの効力を持つ場合があるので、できたらそれをお願いしてみてください。

 

分かりました。

 

どうしてこんなことを言うかというと、家族と縁を切ってしまうと、精神的にも経済的にも想像以上に大きな打撃になるだろうと思うからです。

ひどい虐待をされているといった場合なら別ですが、お話を伺っていると、親御さんは名前以外のことに関しては基本的に優しいし、ナナさんの方から積極的に縁を切りたいわけでもないのですよね。

であれば、もう本当に打つ手が一切ないと思えるギリギリまでは、家族と縁を切らないようにする努力をした方がいいと思います。特にナナさんはまだ高校生で、家族の支えなしで生きていくのは極めて困難なので。

 

やっぱり1人で生きていくのって難しいんですかね? 

 

難しいですよ! ぼくも最近生まれて初めて一人暮らしを始めましたが、かなり大変です。

とは言え家族に守られている状態ではその大変さを実感することは難しい筈なので、「親元を離れること」と「1人で生きていくのに必要なお金を稼ぐこと」を期間限定でしてみることをオススメします!

 

え、高校生の内にですか?

 

家を追い出されるかもしれないことを高校生の内にやろうとしているなら、今やった方がいいと思います。

本当の困難さは、経験してみなければ分かりません。
両方を体験してみてその大変さを実感したら、親御さんをどれぐらいギリギリまで説得するべきなのか、改名を本当に決行するべきなのか、より本気で考えられると思います。

 

分かりました。少し考えてから色々と試してみます。
ありがとうございました!

 

どうなるにせよこれから困難が待ち受けていると思いますが、応援しています。頑張ってください!

 

このナナさんからは後日、「親が急に改名を許してくれました!」と報告が来ました!
結局NPOなどには行かなかったようですが、よかったです!!

 

1人目の話し相手から「資格が無いなら相談に乗るな」と批判されたので全力で答えたら未読無視された話

 

レンタル話し相手の活動を初めて4日目、早くもぼくのLINEを追加して連絡してくれる人が現れたんですよ。

 

f:id:Rentalhanashiaite:20190406003506j:plain

 

「依頼来たー!!」って超喜んだんですけど、すぐに

 

f:id:Rentalhanashiaite:20190406003559j:plain

 

「冷やかしかよ!」と叫ぶことになりました。

 

でも話を聞いてみると、この方(アオイさん:仮名,30代女性)はからかい半分にぼくを冷やかしに来たんじゃなくて、この活動のリスクを想定し、正義感からぼくを止めようとしているのだということが分かったんですよね。

 

それでお互いバチバチに持論をぶつけ合うという、初っ端から最高に有意義で面白いやり取りができたので、お話します!

 

 

雑談や愚痴聞きだけならまだしも、人の相談に乗るというのはすごく難しいことですよね
何の資格も無いあなたにできるんですか?

 

ぼくはこれまで人の相談に乗らせてもらって役立てた実感を得る経験を何度かしているので、できると思います。
相談に乗るにあたって資格は特に必要ないとぼくは思っています。

 

そうでしょうか?

相談に乗る能力があるかどうか他者が判断しやすいために資格は必要だと思います。本当に苦しい思いをしている人があなたに辿りつき藁をもすがる思いで話しかけた時、あなたがしっかり話を聴かなかったり不適切な言動をしてしまったりしたらどうなりますか? 
その人をもっと傷つけることになるんですよ。

悩んでいる人の気持ちを何だと思っているんですか?

  

いや〜、素晴らしい批判ですね!!!!

いや、嫌味とかじゃなくて本当に。ぼくもずっと前から全く同じことを考えてたんですよ。

 

「相談に乗る」という行為にはいくつか原則があって、たとえば

 

・傾聴する

・共感する

・決めつけない

・アドバイスに反論されても怒らない

 

こういうことが基本的にできていなければならないと思うんですけど、「なんで???」って思わずビックリしてしまうぐらいできない人、めちゃくちゃ多いじゃないですか。

 

そしてそういう人に相談をしてしまうと、「せっかく心を開いて相談したのになんでこんな思いをしなきゃいけないの!?」って裏切られた気持ちになってしまうんですよね。

特に心に多くの傷を持つ人の場合そのダメージはより大きなものになり、深刻な人間不信に陥ってしまう恐れがあります。

 

だから、能力のない人は相談に乗るべきではないんです。

役に立たないどころか、悪影響を与えてしまう危険性がありますから。

 

ぼくは何年も前からこう考えていたので、アオイさんの言うことは本当によく分かるんです。 

 

……ということをアオイさんにもお話してから、「それでもぼくが相談に乗ろうとしている理由を今から説明しますので少々お待ち頂けますか?」と伝えたところ、こう返ってきました。

 

 

f:id:Rentalhanashiaite:20190406100742j:plain

 

いや厳しいな!!

ちょっと落ち着こうよ〜。ぼくの言葉が軽いとか人生ちゃんと生きてないとか判断するのが早すぎるよ〜。

 

と思いながらも粘ってもう1度「説明させて頂けないでしょうか?」と訊いたら、一応「がんばえー」と言ってもらえたので、以下の文章を送りました!

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ぼくは「相談に乗る人には『能力』が必要だ」と考えていますが、『資格』が必要だとは思いません。何故なら、相談という「心」が問題になる分野においては、資格は形骸的な意味しか持たない場合が多いと思うからです。

 

ぼく自身、学校の先生や心療内科の先生など、正式な資格を持っているにもかかわらず能力が足りないと感じる人に多く出会ってきました。

 

そういうことが起こる理由には、心理的な資格には

 

・実技試験がない場合があるから

・実技試験があってもその基準が曖昧だから

 

という2つの理由があるのではないかなと想像していますが、理由はどうあれ、他の人からも「カウンセラーに相談したら頭ごなしに否定された」というような話はよく耳にするので、これはぼくだけの見解ではないと考えて良いと思います。

 

そして一方で、資格を持っていなくても相談に乗る能力が高い人は世の中にたくさんいると思うんです。

 

ぼくはそういう人を何人か知っていますし、あなたの周りにも何人かいるのではありませんか?

 

どうしてそういう人がいるかというと、「心」に関する能力というのは、机上の勉強よりも生身の人間との絶え間ないやりとりの中で身につく要素の方が遥かに多いからだと思うんです。

  

以上の理由からぼくは資格が無い人でも相談に乗って良いと思っていますが、あくまでも「資格は」必要ないというだけで、「他者に判断してもらう基準」は必要であると考えています。何故ならそれが無ければ相談を検討している人に不安やリスクを与えてしまうからです。

 

ぼくにとっての「基準」は、Twitterでの発信です。

 

ぼくはこれからTwitterで、

 

・自分の情報

・レンタル話し相手として人と会話した内容

・自分の考え

 

などをマメに発信していきます。

 

その投稿内容を見ていけばきっと、ぼくの能力や人柄や考え方などがよく分かるでしょう。

そしてその情報は、「◯◯心理カウンセラーの資格を保有しています」という一文よりもずっと実質的で、確かな信用の基準になると思うのです。

 

ぼくの発信を見て「この人には相談に乗る能力がありそうだな」とか「自分に合いそうだな」とか感じたら相談してくれればいいし、そう感じなかったら相談しなければいい。

 

このやり方であれば、「相談に乗った結果人を傷つけてしまう」というリスクはかなり少なくなるのではないでしょうか(もちろん0にはできませんが)。

 

誰かにマイナスの影響を与えてしまうリスクがあることを承知の上で、細心の注意を払いつつ、ぼくは全力でこの活動に臨みます。

 

ぼくの考えは以上ですが、いかがでしょうか?

 長文失礼いたしました。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

アオイさんの指摘に不足なく答えられたと思ったので返信を楽しみにしていたんですけど、タイトル通り、この返信は未読無視されてしまいました。残念!

 

でも、このテーマに関するぼくの考えは活動の初期段階できちんと説明しておきたかったので、最初の話し相手の方とこういう話ができたのはとてもラッキーだったなと思います。

 

このテーマに関するご意見やご質問などがありましたら、どんな方法でも良いので遠慮なく言ってください。ぼくへの指摘や批判でも全然大丈夫です!

 

それでは!

【相談】どうやって仕事を選べばいいか分かりません→「自分はどんなストレスに弱いか」という観点から考えてみるといいと思います。

 

24歳女性の理沙さん(仮名,東京住み)からの相談です。

  

ー栄養管理士の仕事をしていたのですが、訳あって転職することになりました。

大学では栄養管理士の勉強をしていただけで就職活動を一切していなかったので、どうすればいいか全然分かりません。アドバイスをお願いします。

 

最初の依頼なのですごく嬉しいです〜! それではまず、ぼくの考える「仕事選びの基準」についてお話しますね。

仕事っていうのは何を選んでも何かしらのストレスと付き合っていかなければいけないものなので、

「自分はどのストレスに弱いか」

という観点から考えてみるといいと思います。

たとえば、「お金がない」というストレスには強いけど「人から怒られる」というストレスには弱い人は、クレーム処理の仕事に就くと、どんなに給料が良くても辛い思いをするということです。

理沙さんはどのストレスに弱いのでしょうか?

 

そうですね〜。私は

「やりがいの感じられないことをする」

というストレスに弱いと思います。

 

分かりました。だったら、ご自分が熱中できそうな仕事を探してみましょう! どんなことに興味がありますか?

 

うーん、それが分からないんです……。そもそも世の中にどんな仕事があるのかを全然知らないので……。

 

そうなんですね。じゃあ、まずは「知る」ことから始めてみましょう。ネットで色々検索してみるのはもちろん、本屋や図書館で本をたくさん読んでみることをオススメします!

世の中には、「ただ知るだけ」で解決する悩みがすごくたくさんあります。本気で悩んでいるなら、面倒でもまずは十分な知識を得ることが大切だと思います。

 

分かりました。色々と勉強をしてみます。
他には何をしたらいいでしょうか?

 

人と話をしてみるといいと思います! 就活のイベントに行って、自分の興味のありそうな職業に就いてる人から仕事の話を聞いたり、相談したりしてみてください。

 

え、そんなイベントがあるんですか?

 

地方はどうか分かりませんが、東京にはいっぱいありますよ! ネットで調べてみてください。

「人と話すこと」には

「リアルな話が聞ける」
「双方向的なやり取りができる」

など、本やネットにはないメリットがあります。

ただ、知識が無い状態でそればかりすると人の話に影響を受けすぎて振り回されてしまう危険があるので、

「知識を得ること」

「人と話をすること」

の2つをバランスよく行うことが大事だと思います!

 

分かりました。なんだか八方塞がり感から抜け出せた気がします!
ありがとうございました!

 

電話で1時間半ぐらい、時々笑いを交えながら気持ちよく会話のキャッチボールができて、最初の依頼なのに最高にいい感じでした!

 

 

※「仕事選びは『自分はどんなストレスに弱いか』という観点から考えるといい」という考え方は、眞蔵修平さんという漫画家の方のブログ記事から学んだものです。

「やりたいことを仕事にすべき」は本当か。 | shuheimakura

興味のある方はぜひご覧ください!

 

ぼくの「人生の勝算」

 


ぼくは今月、自分の人生に勝つ。

 

具体的にはフォロワーを1000人以上にし、大勢の人から注目される人になる。

ぼくの人生のゴールはもっとずっと先にあるからめちゃくちゃ小さな一歩だけど、ひとまず無名ではなくなるのだから、これはぼくの人生における最初の勝利だと言えるだろう。

 

これまでぼくは、ずっと負けっぱなしだった。

有名になろうと色々な挑戦をしてきたけど、どれも上手くいかず燻り続けた。

 

「まだ歯車が噛み合っていないだけだ。ぼくは必ず大物になる」

 

何度もそう言ったけど、周りは誰も取り合わなかった。

 

友達には「バカじゃないの?」と笑われ、

先生には「いい加減現実を見ろ」と怒られ、

親には「あなたは凡人なのよ」と泣かれた。

 

 

1人、ぼくの可能性を信じなかった。

 

 

でも、ぼくはぼくを信じた。

世界中でたった1人、ぼくだけはぼくのことを信じ続けた。

 

成功してから偉そうなことを言うのは簡単だから、成功してしまう一歩前の今、「自分を信じることの大切さ」を語ろう。

 

 

 

ぼくが思うに、成功という軸において「自分を信じる」という行為には2つある。

 

 

1つは、「過程がどうあろうと自分はいつか必ず成功を掴める」ということを信じること。

 

見当違いの考えをしていようが、無能だろうが、大失敗をしようが、それが過程である以上最終的な成功とは何の関係もない。

ぼくは夢ができてから実に6年間なんの成功も掴めなかったが、「一生成功できないんじゃないか?」と疑ったことは今日まで一瞬もなかった。

 

 

もう1つは、「自分の選んだ道を進み続ければ成功できる」ということを信じること。

こちらは少々複雑だ。

 

ほとんどの分野において、成功への道は無数にある。

最初はどの道を進めばいいか分からないだろうから、あちこち色んな道を試してみればいい。

そうしていればその内、「これだ!」という道が見つかる筈だ。そうしたらその道を信じて全力で突き進もう。

 

ただしこちらの「信じる」は、盲目的にやってはいけない。

「正しいと思っていた道がやっぱり間違っていた」ということは往々にしてあるから、「もしかしたらこの道は間違ってるんじゃないか?」と何度も疑わなくてはいけない。

だけど、疑って疑って、それでもやっぱり正しいと思えるなら、別の道の方がいいと明らかに分かるまで、あるいは行き止まりにぶつかるまで、その道を信じて突き進まなくてはいけない。

 

ぼくは色んな道を試した末に、この「レンタル話し相手」という道にたどり着いた。

この道は100%成功する自信がある。いや、いつも「100%成功する」と言って失敗してるんだけど、今度こそは絶対だ。

「話すこと」「文章を書くこと」「論理的に考えること」というぼくの強みを全てを活かせるし、ニーズが無数にあるし、時流にも乗っている。これで成功しないなんてあり得ない。

 

だけど周囲の反応は相変わらず悪く、この活動が上手くいくとは誰も思っていない。

ぼくの強みも考えも、誰1人として認めていないのだ。

 

こうなると普通であれば、自信を失ってしまうだろう。

「ぼくの強みって大したことないんだ」とか「考えが間違ってたんだ」とか思って、その道を進むのをやめてしまうだろう。

 

何故ならぼくたちは、人からの意見や評価はきちんと受け止めるべきで、そうしないのは頑固で愚かだと教えられているからだ。

 

でもぼくは、必ずしもそうだとは思わない。

何故なら、その「他者の意見や評価」が間違っている可能性もまた、往々にしてあるからだ。

 

だから、その評価が本当に正しいのかを冷静に客観的に吟味する必要がある。

ぼくはそうした結果、「周囲の評価はほぼ正しくない」という結論に行き着いた。

 

誰もぼくに期待しないのは「ぼくがナメられている上にズレているから」であり、ぼくの強みが弱いわけでも、考えが間違っているわけでもないと、あくまで冷静に判断した。

 

だから、評価によってぼくの行動を変えるのではなく、ぼくの行動によって評価を変えてみせようと思った。

結果を出しさえすれば誰もぼくをナメなくなるし、ぼくのズレが正しかったことになる筈だ。

 

(ただ、どうか誤解しないで欲しいのだけど、ぼくの周囲の人の眼力が際立って劣っているわけではない。みんな普通の良心的な人々だ。

他者の評価なんてぼくだってたくさん間違えているだろう。つまり、「人なんてそんなもん」ということを言いたいのだ)

 

人からの評価なんて一切気にしなくていいわけではない。自分の能力や考えを盲目的に信じるべきとも思わない。

基本的に評価は参考にした方がいいし、最終的に成功すること以外は都度疑うべきだ。

 

しかし、

 

【本当は高いポテンシャルを持っているにも関わらず、それが世間と噛み合っていなかったりナメられているために不当な評価を受けている場合】というものは存在する。

 

【本当は正しいのに、時代が追いついていないせいで間違っているとみなされる考え】も存在する。

 

両方、世間で思われているより遥かに多くあるとぼくは思っている。

 

ぼくは成功者の人生譚を数多く見聞きし、そういう事例が山のようにあることを知っていたから、どれだけ低い評価を受けても自分の道を信じることができた。

 

そういう訳だから、誰にも理解されないからといって自信を失う必要はない。だけど、「オレのことを理解できないなんて!」と文句を言っていても仕方がない。

こういう心意気が必要だ。

 

f:id:Rentalhanashiaite:20190609005956p:plain

福本伸行作 『無頼伝 涯』より

 

そう、結局は自分次第なのだ。

自分を認めさせたいなら自分が頑張るしかない。ぼくの場合は口でどうこう言うのではなく、とにかく結果を出すしかなかった。

結果を出せなければ、自分は永遠に間違っているままだ。自分の正しさを、力を理解してもらいたいなら勝つしかない。

 

ぼくは膨大な試行錯誤と行動の末にようやく、自分が勝てる道を見つけた。

今月ぼくは、自分がただの夢追いの少年ではないことを、生まれて初めて自分以外の人々に証明できるだろう。

 

全ての夢追い人に、ぼくはこう伝えたい。

 

疑うべきことは徹底的に疑え。

だけど信じるべきことは、周囲の誰1人として信じなくても、自分だけは信じ続けよう。

 

勝ちさえすればあなたのことを、みんなが認めるようになるから。

 

「与えられた課題に取り組む習慣」を身につけるために宿題をするべきか?

 

今話題の不登校問題に対して自分の意見を言った動画が軽くバズりました!

 

f:id:Rentalhanashiaite:20190525213016p:plain

※要約すると 

「学校で学べることは学校の外でも学ぶことができるし高卒認定試験を受ければ学歴も好きな時に手に入れることができるから、学校に行かなくても人生はどうとでもなるよ」

ということを言っています。

 

 

バズったおかげでコメントがめちゃくちゃ来てここ数日はその返信にずっと追われているのですが、その中でこんな意見がありました。

 

「この動画の意見には概ね賛成なのですが、『習慣』の問題が気になります。子どもに宿題を課す理由には、「出された課題をコンスタントに提出する習慣を身につけさせるため」というのが大きいはずです。子どもの時にその習慣を身につけていないと、大人になってから高卒認定試験の勉強をしようと思ってもかなり苦労するのではないでしょうか?」

 

これは動画で全く語っていませんでしたしあまり考えてもいなかったので、とても良い視点だなと思いました!

 

「知識」は後からいくらでも得ることができますが、「習慣」は小さい頃にほぼ出来上がり大人になってから変えるのは極めて難しいものなので、確かに「どうとでもなる」とは言えないですね。

 

数日かけてこの問題について考えてみたところ説明がかなり長くなってしまい、また一般的にも伝えたいことなので、このブログでお話します!

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

まず、不登校の人には大きく分けて、

 

①いじめなどによる「気力低下タイプ」

②型にはまることを嫌う「型破りタイプ」

 

という2つのタイプがあるとぼくは思っています。

 

「気力低下タイプ」は学校に行かないことに信念を持っているわけではないので、休養や転校によって気力が回復すれば学校に行くし勉強もするでしょう。逆に言えば辛い状況にあるうちは宿題をすることなんてできないでしょうから、気力の回復を待つしかありません。

 

「型破りタイプ」は(ぼくもこのタイプなのでよく分かるのですが)周りに合わせることや興味のないものを強制されることを極端に嫌います。「この型は何のためにあるの?」と考えてしまい、様々な型にはめようとしてくる学校にストレスを感じるのです。

 

ゆたぼん君のような型破りタイプの子は、宿題を課されるとこう思います。

 

「これが一体なんの役に立つんだ? 何のためにやるのか分からないものに、どうしてみんなは言われるがまま取り組めるんだ?」

 

それで、例の「ロボットに見えた」発言が出たのでしょう(ちなみにゆたぼん君のお父さんのブログによると、ゆたぼん君は後に「「オレがそう見えただけでその子たちも何かで悩んでいると思う」と言っているそうです)。

 

こう思ってしまうと、もう宿題には取り組めません。普通の人なら「よく分からないけどとりあえずやっとくか」と折り合いをつけるところを、「納得できないものはやらない」となるのです。

 

ワガママだと思うでしょうか? たぶん多くの人はそう思うでしょう。

何故なら、「出された課題にコンスタントに取り組む習慣を身につけるために宿題はやらなければならない」と思っているからです。

 

確かに「出された課題に取り組む」という力は生きていく上で非常に重要ですが、ゆたぼん君は実は「課題」をやりたくなかったわけではありません。「何故やるのか分からない課題」をやりたくなかったのです。

 

ここでまた多くの人は、「やる意味は後で分かるよ。大人になってから分かるのじゃ遅いから、子どものうちはよく分からなくてもやらなきゃいけないんだよ」

 

と思うでしょう。

 

でも、そうとも言い切れないみたいなんです。

今、学校の勉強や宿題の効用について様々な人が疑問の声を上げ始めています。

 

「学校の勉強は実生活にあまり役に立たない」「分からないことがあればスマホで調べればいい」「学校外のプライベートの時間にまで勉強を強制させるなんておかしい」「宿題は成績向上に繋がらない」……。

 

宿題への否定意見についてはこの記事が分かりやすいので、もし余裕があれば目を通してみてください。

 

www.itmedia.co.jp

 

「宿題は本当に無駄であるか」ということについては、ぼくは今ここでは言及しません。あまりにも長くなってしまうし、少なくとも現時点ではその白黒をつけなくてもぼくの言いたいことは伝えられるからです。

ひとまず「そういう意見もある」ぐらいの認識をしていただければと思います。

 

さて、ゆたぼん君は先ほどの記事並みに深い思考の上で宿題を放棄したのでしょうか?

まだ10歳の子どもですから、もちろんそんなわけはないと思います。

 

でも、「何の意味があるんだろう?」とは思ったのでしょう。それはおそらく、「宿題をしなさい」と言った担任の先生が、宿題をする意味については教えなかったからです。

教えなかったのならば訊けばいいじゃないかと思うかもしれませんね。ゆたぼん君のお父さんのブログでその点についての記述はまだ見つけていないので、そこは分かりません。

 

でも、もしその質問をしたとしても、説得力のある答えを言える先生は多くないだろうと思います。

ぼくは子どもの時、「学校の勉強って何のためにするんですか?」と多くの大人に訊いてきましたが、納得のいく答えを得られたことはありませんでしたから。

 

話を戻します。

とにかくゆたぼん君は、「何故やるのか分からない課題」をやりたくなかった。これは裏を返せば、「何故やるのか分かる課題」にはきちんと取り組むということです。

 

だから、宿題を放棄したまま大人になり壁にぶつかってやはり学歴が欲しくなった時、問題は特に起こらないと思っています。何故ならその時は、勉強に意味を見出しているだろうからです。

 

勉強そのものに深い関心を持っているかもしれませんし、そうはなっていなかったとしても、「良い仕事に就くためには学歴が必要だ」と思ってさえいれば、その過程に必要な勉強を「やらなければならないもの」だと認識できるのです。

 

欠落しているノウハウは、家庭教師を雇ったり、自分で本を読んだりして学ぶことができるでしょう。

 

型破りタイプには、「自分が興味を持ったものや意味を見出したものには一生懸命取り組める」という特徴があります。

そして、「自分で『やるぞ!』と決めたことに懸命に取り組む」習慣は(ゆたぼん君の場合はYouTubeや講演会など)、むしろ人並み以上に身についているのです。

 

だから、1度その気になりさえすれば周囲も驚くほどのスピードで勉強を進められるだろうと思います。

 

 

さて、こうなると次は、

 

「じゃあ勉強はそうだとして、その先の仕事はどうするの? 仕事では『何故やるのか分からないこと』や『やりたくないこと』をやらなきゃいけないじゃん!」

 

と思うでしょう。

 

おっしゃる通りです。誰かに雇われる以上、やりたいことだけをやるということはできません。

でも、「何故やるのか分からないこと」や「やりたくないこと」の割合が少ない職場というのはあります。そういった職場を見つけて、ガマンするべきところを少しだけガマンしながら、やりたい仕事に精を出せばいいのです。

 

やりたいことだけで生きていけるほど何かに突き抜けてはいない中途半端な型破りタイプはそれくらいの折り合いをつけることができるし、全く折り合いがつけられないほど極端な型破りタイプはきっと何かに突き抜けているので、誰かに雇われずに自分の力でお金を稼いでいくことができるだろうと思います。

 

以上の理由から、「宿題を提出するという習慣を子どものうちに身につけていなければ大人になってから苦労するのではないか」という心配はあまりしなくても良いとぼくは考えています。




また、実を言えば、「宿題を提出するという習慣」は逆にマイナスに働く場合もあるとも思うのです。

 

宿題には「何故やるのか(ほとんどの人は)納得のいく理由を説明されていない」「強制させられている」という側面があります。

 

そのため宿題をやることには、「何故やるのか分からないことに疑問を挟まずに取り組む習慣」や「受動的に物事に取り組む習慣」が身についてしまう恐れがあると思うのです。

 

宿題だけではありません。

基本的に一方通行の授業、実生活にあまり役に立たない知識、時代遅れの校則など、学校にはその恐れを誘発するものがたくさんあります。

 

たぶんこれには多くの人が、「そんな穿った見方をするなんて!」と強い反発を感じるでしょう。

でも、「『何故やるのか?』と疑問を挟める人」や「能動的に物事に取り組める人」が実際どれほどいるでしょうか?

 

世の中には、

 

命じている人も従っている人も「やらなきゃいけないから」と思考停止してしまっている無意味なルールや仕事があります。

解決方法を調べれば済むことなのに調べることをせず、いつまでも悩みを抱えたままの人がいます。

ダイエットをしようと決めても、毎日ノルマを決めて自分のペース配分で取り組み続けられない人がいます。

 

これらには、「自分で考え行動する力」を身につけさせることに重きを置かず、むしろその力を奪いかねない教育を行っている、学校に大きな責任があると思うのです。

 

 

もちろん、全てがそうであるわけでは決してありません。

学校という枠の中で、自ら考え行動することを教えている教師や、勉強に確固たる意味を見出して励んでいる生徒もいるでしょう。

でも、全体で見るとそういう人はかなり少ないのではないでしょうか?

 

学校に行かない人にも、学校に行っている人にも考える余地があります。大事なのはバランスです。

 

【現状で必要とされている型にある程度はまりつつ、同時に、自分で考え行動する力を養っていく】

 

これが理想的な生き方だとぼくは思います。

 

ゆたぼん君は明らかに後者の方に行きすぎですが、彼は型破りタイプですからたぶんあまり問題はないし、前者の方に偏重している現代社会へのカウンターとしては有意義な存在ではないでしょうか。

もっとも、ゆたぼん君親子には怪しく見える点や足りない主張が多すぎて(最近はお父さんが必要な補足をしてくれています)、狙いとは逆方向に世論が動いてしまっていますが……。

 

でもこうやって、多くの人が今まで信じていた常識を見つめ直し、考えを深め合っていくのはいいことですね。

 

当然ぼくにも足りない視点や間違っている考えがある筈ですから、疑問や反論があったらなんでも遠慮なく言ってください。

 

こんなに長い文章を最後まで読んでくださりありがとうございました!