エッセイ 『コンビニ』

 

ぼくは大学3年生の時にエッセイ(筆者の体験や読書などから得た知識をもとに、それに対する感想・思索・思想をまとめた散文のことを書いて「随筆春秋」という雑誌のコンクールに応募したことがあるのですが、眠らせておくのはもったいないのでその原稿をこのブログに載せてみます(一応電話で随筆春秋さんに確認したら、ネットで公開しても問題ないそうです)。
 
ぼくは大きくなってからは本気で文章を書く経験をしていなかったのですが、なぜ急にエッセイを書いて応募しようと思ったかと言うと、「自分の得意なこと」を知りたかったからです。
 
ぼくは学校を創るための資金と人脈を得るために学生団体やインターンシップなど色んなことに挑戦したのですが、どれも結果が出ず、大学3年の時に途方に暮れていました。
 
「何をやっても成功しない。というかまず努力ができない。ぼくは一生成功できないのか……?」
 
と悩んでいたのですが、ある時ふと、ダメだった理由が分かりました。
 
「そうか! 好きで得意なことをやっていなかったからだ!」
 
よく考えたら、学生団体やインターンシップは「やらなければならないこと」だったり「これだったら成功するかも」と打算的に考えていたことだったりしたんですね。
好きじゃないから頑張れない。得意じゃないから成果が出ない。こんな当たり前のことにずっと気づいていなかったのです。
 
次に「じゃあ好きで得意なことはなんだろう?」と考えてみたのですが、よく分かりませんでした。
幼い頃から自分に強烈な自信を持っているくせに、「賢い」とか「優しい」とかいう漠然とした要素の自信しかなく、「じゃあ何ができるの?」と言われたらいつも何も言えてなかったんですよね。履歴書の「特技」の欄を埋めるのに毎回苦労していました。
 
「『これがぼくの特技です!』って自信を持って言える『スキル』が欲しいなぁ」と思ったもののその探し方が分からず悩んでいた時、久しぶりに超有名自己啓発小説『夢をかなえるゾウ』を読んでみたら、ドンピシャのセリフがありました。
 
 
「人生を劇的に変える1番手っ取り早い方法はな、応募することや。自分の才能が他人に判断されるような状況に身を置いてみるということやな。
落選して自分の才能がないって判断されるのは怖いねんけど、それでも可能性を感じるところにどんどん応募したらえねん。そこでもし才能認められたら、人生なんてあっちゅう間に変わってまうで」
 
 
「なるほど応募か! 応募して評価されたら、それは間違いなく自分の得意なことだ!」
 
何に応募しようかと色々と考えた結果、「文章」の力が試されるものがいいんじゃないかなと思いました。
 
「よく考えてみれば、小学生の時から作文や詩で賞を取ることはけっこう多かった気がする。卒業文集とかも本気でのめり込んで書いてたし、ぼくにとって文章を書くことは『好きで得意なこと』なのかもしれない」
 
色々調べて、「随筆春秋」という雑誌のエッセイコンクールに応募してみることにしました。締め切りや発表が近かったからという単純な理由です。
 
で、書いて応募してみたらなんと、入選してしまいました。
最優秀賞や優秀賞はもちろん無理でしたが、応募作品約400作品中、上位約20作品の「入選」に選ばれたのです。
 
 

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「うおー!! 文章の勉強なんて一切してないのにいきなりこの快挙は天才じゃね!?」
 
と例によって調子に乗った後、
 
「やっぱり『文章を書くこと』は『好きで得意なこと』なんだ! これでこれからは『文章を書くことが得意です』って堂々と言えるぞ! 文章で名を上げよう!!」
 
と思い、ぼくは大学最後の挑戦として本格的な長編小説の執筆に取り組むことになったのでした(これは大失敗に終わります)。
 
 
前置きがめちゃくちゃ長くなりました。本文並みに長かったかもしれません。
 
そんな経緯で書いたエッセイ、『コンビニ』です。ぜひご覧ください。
 
(当たり前ですが色々と今よりだいぶ拙いです)
 
 
〜〜〜〜〜〜
 
 
 からあげクンのレギュラーが床に散乱した。
「すみません」謝りながら急いで拾い上げる。
「久保くん、また?大丈夫?」
 店長が若干苛立ちながら言った。この二時間で三回目なのだから無理もない。
 床に付着した油をペーパータオルで拭き取りながら、自分のあまりの不甲斐なさに泣きそうだった。コンビニの仕事がこれほど大変だなんて、想像もしていなかった。
 
 大学一年生の十月、貯金が底をつきかけた僕は人生で初めてアルバイトをする必要に差し迫られた。迷わずコンビニを選んだが、ほぼ突っ立ってレジをしているだけでいいのだろうなと高をくくっていた。
 ところが実際に働いてみると、コンビニの仕事は想像の百倍忙しかった。ポイントカードのスキャンや商品の袋詰め、揚げ物の製造・廃棄、ゴミ捨て、トイレ掃除、消耗品の補充、郵送、納品……。あまりにも多くの仕事に目が回りそうだった。
 たかが買い物をするだけの場所の裏側にこれほど大量の仕事があるなんて。初めてのシフトのあとには人生最大の疲労が全身を襲っていた。
 アルバイトが……“労働”というものがこれほど過酷なものだったとは。まさに身に染みて理解し、身の程を恥じた。
 
 僕は小さいときから、労働というものを軽視していた。教師や経営者のような、個性を発揮でき人や世の中にも強い影響を与えられる職業には憧れていたけれど、個性が発揮されなさそうで、ただ静かに社会を支えている職業はつまらないものと思っていた。
 飲食店員、駅員、工事現場作業員、清掃員……これらの仕事は、いわゆる“社会の歯車”でしかないと考えていたのだ。そうした職業に従事している人々を町中で見るたび、「この人たちは自分の人生の大半をこんなつまらないことに捧げていて幸せなんだろうか」などと疑問に思っていた。
 それは当然、コンビニの店員に対しても同じであった。ほぼ毎日利用している家から一番近いコンビニは、朝はいつも六十歳くらいの痩せたおじいさんがレジをしている。レジ打ちも袋詰めも驚くほど遅く、あまり生気を感じない人だった。このコンビニで買い物をする度に、「社会の歯車をさせられているなんて情けない人だなあ」等と思っていた。
 
 そして僕は高校二年生の文化祭で、とんでもない過ちを犯してしまう。
 クラスの出し物で演劇をやることになり、僕の脚本が採用された。将来宇宙飛行士になりたいと思っていた主人公が魔法で十年後の未来へ行き、宇宙飛行士になっていない自分を見て愕然とするが、現在に戻ったあと奮起し夢を叶えるというストーリーだ。
 だが問題だったのは、十年後の主人公の職業だった。コンビニの店員だったのだ。宇宙ステーションで働いているはずの未来の自分がコンビニで働いているのを見た主人公は「なんでコンビニなんかで働いてるんだよ!ふざけるな!」と、未来の自分に恫喝するのだ。そして未来の主人公も「俺は努力しなかったからコンビニの店員にしかなれなかったんだ」と返してしまう。
 その演劇の上演を観た母が真っ先に言ったことは、「あんた、コンビニの店員に失礼じゃない」だった。
「もしお客さんの中にコンビニで働いている人がいたらどう思うの」と言われ、愚かなことをしてしまったことに初めて気がついた。
 だが、コンビニの店員を見下していたのは真実であった。
 
 そんな経験から、僕はアルバイト先にコンビニを選んだのだ。あのとき脚本で「どうしてそんなところなんかで働くんだ」と馬鹿にしたそのコンビニで働いてみたらどうなるだろうかと思ったのだ。
そして、結果がこのざまだった。「そんなところ」で働いた僕はものの見事に鼻っ柱をへし折られてしまった。
おい、高校生の時の自分よ。お前はそこでたったの五時間働くだけでボロボロになるんだぞ!
 それに、コンビニがなければお前は困るんじゃないのか。消費ができるのは生産してくれる人がいるからだろう。生産する為にどれだけの苦労があるかも知らずに店員を馬鹿にするなんて、お前はいったい何様なんだ?どんな思い上がりだ?
 
 翌朝、どん底の気分で家を出た。朝食を買うため、いつも通り自宅前のコンビニに寄る。
商品を手に取りレジに並んだ。いつものあのおじいさんがレジをしている。首を伸ばして手元を見てみたが、やはり捌くのがかなり遅い。
 並んでいる間、商品棚を眺めてみた。あれ、意外としっかり前陳ができているんだ。古い日付の商品が最初に手にとられるような配置がきちんと守られているし、ヨーグルトやプリンはラベルが真正面に来るよう整然と並べられていた。
 さらに店内をよく見渡すと、ピカピカに掃除された床や手書きのセール品告知ボード、高く積まれている納品ボックスが目に入った。途端、目から涙が出てきた。
 これまでは全く意識もしていなかったけれど、こんなに色々な手間や工夫があったのか。何一つ見えていなかった。あんな弱々しそうなおじいさんがどうやって納品の重い箱を運んでいるのだろう。毎日毎日、いったい朝何時から準備をしているのだろう。どれだけの膨大な時間、このお店を守り続けてきたのだろう。
 レジが進み自分の番になった。パンを二つとヨーグルトを一つ、カウンターに置く。
「いらっしゃいませ」
 おじいさんは弱々しい声で言い、ゆっくりとレジ袋を取り出し詰め始めた。ヨーグルト用のスプーンもきちんとつけてくれる。
 ああ、どうしよう。今日まで何百回と買い物をしているけど、一度も会話をしたことなんかない。毎回「いらっしゃいませ」って言ってくれていたのに、それに反応したことすらない。いつも素っ気なくお金だけ払っていた。
「あ、あと、からあげクンのレギュラー、ひとつお願いします」
咄嗟に言った。かしこまりましたと言って、レジを打つ。
「四四九円になります」
 おじいさんがしっかりと手を消毒し、からあげクンを手に取り丁寧に蓋をし爪楊枝をつけてくれる間、僕は心の中で激しい葛藤をしていた。言おうか、それとも言わずに店を出ようか。心臓がバクバクする。
 五百円玉を渡し、お釣りと品物を手渡された。ありがとうございましたと言ってお辞儀をしてくれる。
 こちらも軽く会釈をし、やはり言わずに店を出ようとした。後ろを振り返ると二人のお客さんが並んでいる。一歩を踏み出そうとして、衝動が僕を踏み留めた。
「あ、あの、いつもご苦労様です。ありがとうございます」
 目を見ては言えなかった。おそるおそる顔をあげると、おじいさんがキョトンとした顔で僕の顔を見つめていた。そして2秒くらいしてから、
「いつもご来店、ありがとうございます」
 そう言って、くしゃっと笑った。初めて見る笑顔だった。

 

「わからない」と思うための対話 第1回 感想

 

2020年7月からぼくに興味を持ってくださっているめんたねさん(@mentane)という方が、ある時こんなツイートをされた。

 

 

狙いはこうだそうだ。

 

 

お誘いを受けてぼくはもちろん快諾した。

ぼくにとってメリットしかないし、メリット云々の計算を除いてもこういう勉強には興味があり、ずっとやってみたいと思っていたからだ。

 

毎週金曜日、計13回受講させていただき、受講後は毎回感想記事を書いていた。

 

以下が第1回目の感想である。

 

(第2回目以降の感想記事の読み方は記事末尾に記載してある)

 

 

 

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動画はこちら! 

 

www.youtube.com

 

 

ちなみに資料の転載許可はめんたねさんから頂いている。

 

また、

 

 こういう風に 

 

小さく薄い文字で書かれているのはめんたねさんの言葉の引用である。

 

 

 

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まず「やられた!」と思った

 

ワークショップが始まる前、資料のこのページを見て「やられた!」と思った。

 

f:id:Rentalhanashiaite:20200720234119p:plain なぜか? 「実践とフィードバック」が組み込まれていたからだ。

 

ぼくは教育は基本的には「教える」割合を少なくして「実践とフィードバックをさせる」割合が多いといいと思っているんだけど、まさにそういうワークショップだったから「やられた! ぼくが先にやって日本を驚かせたかった!」と悔しく思った。 

 

でもめんたねさんに言わせれば、「君が世界を知らないだけでこんなことをやってる人はたくさんいるよw」とのことらしい(笑)

早く世界を知りたい。

 

 

 

理解できたことを相手に伝える必要がある

 

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この資料で書かれていることはかなりの衝撃だった。

 

ぼくも話し相手を自称しているくらいだからコミュニケーションのルールはいくつも持っていて、このことも考えていなくはなかったけど、「伝えた方がよりいいよなぁ」ぐらいのぼんやりとした意識しか持っていなかった。

 

でも考えてみればこれは「必ずそうしなければならない」というぐらい重要なことであり、しっかりと言語化して絶対的なルールとして設定していなかった自分の愚かさに驚いた。

 

でもぼくは「人はごく簡単なことが分からない生き物だ」という哲学を持っているから、同時に「まぁこんなこともあるか」とも思った。今気づけたのはむしろラッキーだと言えるだろう。

 

 

 

聞きそびれたらまた聞き返せばいい

 

案外相手が言ったことをそのままストンと受けとるって難しくて、ちょっと違う意味に理解したりとかポコポコ抜けたりとか、そういうのって起こるんですよね。

そうするとどうすればいいかっていうと、また聞けばいいんだよね。

「さっきここ聞いた気がするんだけどちょっと分かんなくなっちゃったからまた聞きたいんだけど」って言えば、大体みんな親切に教えてくれるので。

誤解すると関係が切れるんですよ。「話が通じてない!」みたいな。

なので、「聞き直す」っていうのはこの先のワークショップでどんどんやってもらって構いません。

  

これも言われてみれば当たり前のことなのに分かっていなかった。

 

ぼくが1番多いパターンは、「相手の話について考えすぎて聞きそびれてしまう」やつ。

 

(この悩みの解決策はこうかな。それともこうかな……あれ、今この人なんて言ってたっけ?)みたいなことがよくある。

 

そういう時、「実際にはそういう理由でも、聞き返したら『真面目に聞いてなかったのね。不誠実な人だな』って思われちゃうんだろうな。まぁ聞き返さなくてもなんとか理解できるだろ」と思って聞き返さないことが多いんだけど、実際にはなんとかならないことの方がずっと多い。

 

2割ぐらいはなんとかなるんだけど、そんな危ない橋は渡らない方がいいに決まっている。聞き返すことこそ誠実なんだから、これからは遠慮せずに聞き返そうと思った。

 

 

 

相手はその話のどこが1番重要なポイントだと感じながら話しているのか推測を立て、なおかつそれが推測だと認識しておく

 

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この話のどこが1番の重要ポイントなのかとかというのが微妙にずれると、「話自体は理解されてるんだけどなんか理解されてないな」みたいな気持ちになったりするんですよ。 

なので話を聞きながら、「この話のどこがこの人は1番重要だと思ってるのかな」っていうことを考えながら話を聞いてみると、聞き方が少し変わりますね。

でもこれ、残念ながら分からないんです。人の頭の中だから。

なので、そうやって相手の頭の中について推測は立てるけど、それが推測だということを持っておくんです。

そうしないと「こうなんだな」と思った時にそれが100%にピッて振り切っちゃって、もう「そういう話」っていう風に聞いちゃいますから。

推測をしてなおかつそれは推測であると認識しておく。そうすると、追加で質問したいことが出てくるんです。

「自分は5割ぐらいこうかなと思うんだけど、本当にそうなのか確認しないと分かんないな」っていう気持ちになってくると、聞きたくなるから聞くでしょ。そこに興味が生まれるわけですよ。ただぼんやり聞いてるとあんまりこういう種類の興味って生まれないですね。

 

また自己認識がバグってると思われるかもしれないけど、これはぼくは割と意識できているんじゃないかと思う(前も言ったように「ちゃんとできているか」は分からない)。

 

ぼくはいつもそういうアンテナを立てながら話を聞き、相手の話が終わったら「つまりこういうことですかね?」と推測を話すということをかなり意識的にしている。

 

この前連投した動画でも、ぼくがそうしたことで依頼者の方に「そうですそうです!まさにそういうことです!」と喜んでもらえた場面があったから、客観的な評価から考えてもある程度はできていると思っていいのかもしれない。

 

でもその回数が少ないのが問題で、例えば20分ずーっと話を聞いてやっと推測を話すということをしていたんだけど、これでは相手は20分ずっと不安だし、推測が間違っている場合長い間修正できない。

 

だからこれからはもっとこまめに推測を話そうと思った。

 

 

 

単語をなるべく言い換えない

 

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この娘さんからすると、自分の父親っていうのは「パパ」なんですよ。そこで「お父様」とかいう風に別の言葉を当てると、自分の言語じゃなくて他人の言語で言葉を聞いて、それを一度自分の言語に翻訳し直さなきゃいけないわけですよね。これって少し負荷がかかる。

一方で子供と同じ言葉で喋れば、子供はその人のことを味方であると思うんですね。

でも違う言葉遣いをすると、何か別の人種、別の人間であるという違いが認識されやすいし、処理をするためには負荷がかかってしまう。賢い人はそれでも変換して理解できるんだけど。

なので、話す人に話すとか考えるとかいうことにメインの力を注いでもらいたいような時には、なるべく相手の言葉遣いに合わせてこっちも会話してあげるーー相手の言葉、相手の言語で喋ってあげるという技術が重要になってきます。

で、そのための1番シンプルな方法というのが、「単語をなるべく言い換えない」。相手が使った単語は相手が使った通りで使うということです。

 

もちろん全部そうした方がいいわけではないんだけど、基本的には同じ言葉を使った方がいいという話に納得した。

 

ワークショップの直前にも同じ話を聞いて「そうしよう!」と思ったのに早速ミスってしまった。癖を直すのは相当大変だけど、都度意識しまくって必ず直す。

 

 

 

話を聞くのは難しい

 

北村さんもケンタさんもおっしゃってたけど、このワークショップの1番の感想はとにかくこれ。

 

物心ついた時からずーっとやっている「聞く」という行為の難しさにどうして今さら気づいたのかというと、「これまでは要約して説明する必要に迫られていなかったから」だと思う。

 

効果的な読書方法に「読み終わった後に内容を要約して誰かに話すつもりで読む」というものがあるんだけど、これをやってみると、「あれ!? 300ページの本を読んだのに内容ほとんど覚えてない!」ということに気が付いて愕然とする。

 

つまりぼくたちはどれだけいい加減に本を読んでいるかということなんだけど、会話も同じなんだということがわかった。

 

聞いた話を十分に理解できていないのに、それを要約して伝えていないから、「理解できていない」ということが理解できていないのだ。

 

普段の会話は実はそういう状況だったんだ、ということを嫌というほど突きつけられる衝撃的なワークショップだった。

 

 

 

学んだ技術を日常で使うのは難しい

 

ワークを学ぶと結構多くの人が、真面目に取り組みすぎるが故に日常生活でもワーク通りに喋り始めるんですよ。異様なんだよ(笑) 

ワークで色々学んだルールとかやり方っていうのは補助輪みたいなものなんです。いつまでも大人になっても補助輪付きの自転車には乗らないよねっていう話であって。

補助やサポートっていうのは、それを使って何かコツを掴むことができれば最後は捨ててしまって構わない。

だから、「マニュアルは最後には必ず捨てるものなのだ」っていうことは頭の中に入れておいてください。

まずは言われた通り試しにやってみる。そうしてやってみた時に感じたり気づいたりしたことを持って帰ってもらえれば、ワークショップで学んだ意味があるかなと思います。

 

これはたぶん思った以上に難しいんじゃないかと思う。

 

まずモチベーションを保ち続けるのが難しい。その時は「よしやるぞ!」って思っても、数日経ったら忘れたり面倒になったりして学んだことを意識しなくなってしまう人は多い気がする。

 

そして意識していても上手に技術を使うのが難しい。

ワークでは「これはこういうことなんですね? 以上です」みたいな感じで思い切り露骨にやっていたけど(笑)、これを自然にやるのはそんなに簡単なことじゃなさそう。間髪入れずに喋りまくったり怒りながら喋ったり色々な人がいるし。

 

でも、難しくても頑張らないといけないなと思う。

ぼくはレンタル話し相手をやっているからというのもあるけど、どういう人生を送るにしたって、コミュニケーションは一生取り続けるものだからだ。絶対に諦めてはいけない。

 

2回目以降も頑張って貪欲に学んでいこうと思う。

 

 

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第2回目以降の感想記事ははてなブログのぼくのサブアカウントである以下のブログから読める。

 

wakaranaitoomoutamenotaiwa.hatenadiary.jp

 

『レンタル話し相手のブログ』の記事が「わからない」と思うための対話の感想記事だらけになってしまうのも何か違うよなと思いこのような形をとった。

 

毎週力を入れて書いたしどの記事も本当に勉強になると思うので、興味がある方はぜひご覧いただきたい。

  

大学を辞めることをやめることにした話

 

 

「なんと言われようとぼくは大学を辞めます。だから来月から、ここでぼくを雇ってください」

 

頭の先からつま先まで一分の隙もなく感じている震えを必死に抑えながら、ぼくは力強くそう言った。

目の前にはぼくを鋭く睨むNPOの代表が、その横には泣きそうになりながら議事録を取る秘書が、そしてぼくの横には大泣きしている母がいた。地獄だった。



明治大学政治経済学部に入学して1週間も経たない内に、ぼくはこの大学を中退しようと決めた。あまりにも授業がお粗末過ぎたからである。

 

どの授業も、遅いテンポで要領を得ずダラダラと一方的に教授が喋り続けるのだ。活字にして要点をまとめれば10分で学べることをなぜ90分もかけて聴かなければならないのか、ぼくには全く分からなかった。

 

なぜこんなにも教授のレベルが低いのか。高校までだって授業が下手な先生はいたが、その中で1番下手だった先生よりも下手な教授がほとんどなのだ。

というかまずやる気がない。生徒の目を見ない、出欠を取らない、毎回10分近く遅れてくる(こちらは1コマあたりいくらの授業料を払っていると思っているのだ。訴えられたって文句は言えないと思う)、などなど、本当に酷い先生ばかりだった。

 

私立大学の授業の実態を知ったぼくはとてつもないショックを受け、仲良くなったあるクラスメイトに不満をぶつけた。

 

「なんでどの授業もこんなに酷いわけ!? 教授のレベル低すぎるだろ!」

 

すると、その友達は涼しい顔でこう言ったのである。

 

「しょうがないよ。教授の主な仕事は研究することであって、教えるのは専門じゃないんだから」

 

意味が分からなかった。なぜそんな人が教鞭を執れる仕組みに日本の大学がなっているのか、そしてなぜその事をこいつは平然と受け入れられているのか。

 

教育は、人と社会を劇的に良くする素晴らしいものである。

高校までの授業で教えられる内容が実生活にほとんど役に立たないものであったのは、大学受験という制度がある以上、仕方がないと思っていた。

でも受験が終わって大学に入った後は、実生活に役に立つ勉強が思い切りできるのだと思っていた。日本教育の真価は大学にこそあるのだと。

 

そう信じて一浪してまで頑張って受験勉強をしたのに、やっと辿り着いた桃源郷がこれかよと思った。ふざけんなと。

国の偉い人たちは、大学がこのクソ低いレベルの授業を垂れ流してるせいでどれだけの損失が生まれているか分かっているのか。「知らない」がためにこの先不幸な目に遭う人がごまんと出るんだぞ。これから国や世界を背負って立つ若く自由な力を無駄にしているんだぞ。

 

そしてそんな仕組みを仕方ないと受け入れているお前はなんなんだ。特別に意識高くなれとは言わないけど、流石にこの惨状には疑問と不満を持てよ。バカなのか。

だが、その友達が特別にバカなわけではなかった。ぼくはそれから同じことを何人ものクラスメイトに言ってみたが、みんな同じ反応だったのだ。全員バカだと思った。

 

そういうわけで、ぼくは入学したその週にはもう中退する決意を固めたのである。

 

さて、この記事を読んでいるあなたはきっと今、こう思っただろう。

 

「確かに大学側にも問題があるのかもしれないけどさ、だからって辞めるのは違うんじゃないの? どんなに質の低い授業からだって学べることはあるでしょ。自分が今いる環境から何か1つでも学び取ろうとする姿勢が大事なんだって。環境が悪いとか言って逃げるような人は、どんなに優れた環境に行ったって何も学べないよ。一生不満言って逃げ続けるのがオチだよ」

 

もう耳タコになった意見だ。色々な人からマジで20回ぐらい聞いたが、この考えは間違っているとぼくは思う。

 

そりゃ、質の低い授業からだって学べることはあるだろう。授業に限らず体験には、それがどんなものであれ学びになる部分は必ずある。

だが、だからと言ってその体験をし続けるのが最善な訳がない。なぜなら、同じ時間を使って別の体験をすればもっと大きな学びが得られるからだ。

 

仮に、ある質の低い授業を90分受けて得られる学びが10だとしよう。だが、その90分を使って例えば本を読めば50とか100とかの学びが得られるではないか。大学なんて基本的に放任主義で内職し放題なのだから。なぜそういう発想にならないのか、ぼくには本当に分からない。

 

質の低い授業から学べることがあるのは分かっていたし、質が低くない授業も少しはあった。だがどんな授業も、自分で学ぶスピードには到底敵わないと思った。

ぼくは勉強するために大学に入ったのだ。世界平和を実現する男がこんなところで4年間も時間を浪費するわけにはいかない。だからぼくは、逃げたいという気持ちからではなく合理的な考えから、大学を中退することに決めた。




とは言え、流石にすぐ辞めるわけにはいかない。ぼくの夢までへの道は無数にあるが、どの道を選ぶか決まりもしないのに辞めたって途方に暮れるだけだからだ。そういう冷静さはあった。

 

最善の道を選ぶために本を読んだりインカレに入ったり色々した結果、ひょんなことからぼくはとある障害者就労支援をするNPO法人インターンシップをすることになったのだが、インターンシップを始めてすぐ「最初の道はここだ!」と確信した。そのNPO法人の代表に惚れたからである。

 

30歳の若さで強力なリーダーシップを発揮し、優しくも厳しく、火傷しそうなほど熱いその男の元で修行したいと思った。数年間そうやって力をつけ、何かしらの起業をする。それが最善最速の道だと考えたのだ。




そういうわけで、大学2年の3月12日に冒頭のシーンになった。定期面談という名目だったが、ぼくの大学中退について話し合う場だった。

 

その日までに代表と約10人の社員全員と母から散々反対されていたにも関わらず、ぼくはこの場で代表も母も説得し、明日にでも大学を中退し、4月からこの法人に雇ってもらおうと本気で考えていた。

思想的にはともかく契約的には、柔軟な法人とは言え来月からいきなり雇用してもらうなんて無理に決まっているのに、なんとかなるだろうという無茶苦茶な考えをしていた。

 

母が泣きながら言った。

 

「あんたには障害があって、父親が外国人で、母子家庭でっていう3つの社会的な不安要素があるの。その上『明治大学卒業』っていう経歴まで無くなったらこれから先絶対に苦労するの」

 

中退してこのNPO法人に就職したいと打ち明けた1ヶ月前にも言われたことだった。それから今日まで、ほとんど口をきかずに過ごしてきた。

 

「だからさ、ぼくは起業するから学歴とか全然関係ないんだって。もし起業できなくて結局どこかに就職しなきゃいけなくなっても、ぼくは中退した理由をちゃんと合理的に説明できる自信があるし」

 

「あんたはそう思ってても、社会は実際にそうはなってないの!」

 

怒鳴る母をチラリと見てから、代表が口を開いた。

 

「大学を続けた方がいい理由は色々伝えてきたけど、全部もういいよ。今日まで俺にあんだけ詰められても負けないってことは、中退しても逃げグセはつかないだろうしね。

でも、お母さんが反対してるなら絶対に駄目だよ。大学は続けなさい。大学に行きながら同時にここで修行すればいいじゃん。卒業したら正式に雇うって約束するから。なんでそれじゃ駄目なの?」

 

「ですから、大学に拘束される時間が無駄なんです!」

 

ぼくは即座に言い返した。

 

「ぼくは将来多くの人を助けるんです。仮に1年間に1万人を助けられるようになるとして、2年間遠回りしたら2万人が不幸になる! だから、母は大好きだしできれば大切にしたいけど、たった1人の母のために2万人を犠牲にするわけにはいかないんです!」

 

常人にはおよそ理解できない思考だろうが、当時のぼくは本気でそう考えていた。だから焦っていたのである。

 

また母が泣きながら言った。

 

「お母さんにとってはそんな存在するかも分からない2万人より、あんたが大切なの! 何十年後かにあんたの言うことが本当だったって分かったらお母さんは土下座して謝るわよ。だから今はお母さんを恨んでもいいから、大学だけは卒業しなさい」

 

流石に、もう無理だと思った。どう考えてもこの場で母と代表を説得できるとは思えない。

中退自体を諦めたわけではなかったが、少なくともこの場は引くべきだと思い、ぼくはしぶしぶ口を閉じた。面談は終わった。



帰り道は本当に最悪の気分だった。

なんとか気分を紛らわせようと、ぼくは自分にとって1番のストレス解消になる場所に行った。漫画喫茶である。


ぼくは壁にぶち当たった時、しばしば物語に救いを求める。物語に出てくる生き様やセリフなどによって、その時の悩みがパッと解決することがよくあるからだ。

どこかに今のぼくを救う物語があるだろうか……。
そう思いながら本棚を眺めていると、あるタイトルに目が留まった。

 

罪と罰』である。

 

言わずと知れた、人の業を書いたドストエフスキーの大作。

原作の小説を読んだことはなかったが、『マンガで分かる』シリーズで非常にコンパクトにまとめられた漫画を読んだことならあった。

 

その内容はぼんやりとしか思い出せなかったが、なんとなくこの漫画を読んでみることに決めた。理屈では説明できない直感が働いたのかもしれない。

 

昔のロシアではなく現代の日本バージョンにアレンジしたその漫画は、ぼくが読んだ『マンガで分かる』シリーズよりもずっと丹念に書かれており、あまりのリアルさにあっという間に没入した。

 

この漫画の凄いところは、とにかく主人公のキャラクターにある。

彼は平凡に暮らしている大学生なのだが、「自分は本当はとてつもない能力と可能性を持った選ばれた人間なんだ」と強烈に信じており、そのことを示すために売春を斡旋している極悪女子高生を殺害する。

しかもそれだけでは済まず、その現場を目撃した罪のない女子高生をも殺してしまうのだが、なんと一切悪びれないのだ。

 

「悪を成敗した自分は間違ってない。罪のない女子高生を殺してしまったのも仕方がなかった。だってそうしなければぼくは確実に捕まっていたんだから。これから誰よりも偉くなり世の中を良くしていく自分が捕まってしまうのは社会の損失じゃないか!」

 

ぼくはこの男を、最低な人間だと思った。罪のない人を殺しておいて悪びれないなんてどうかしている。気味が悪いとさえ思った。

しかし、漫画を読みながら、ふと気がついたのである。

 

 

ぼくもこの男と同じじゃないか、と。

 

 

もちろん、ぼくは殺人なんて絶対にしない。だが違うのはそこだけで、「自分は社会を良くする有能な人間なんだから自分の未来の為なら誰かを傷つけてもいい」と考えている部分は全く一緒ではないか。

 

いや、そう考えてもいい場合があるとは思う。例えば会社を辞める時なんかはそう考えなければ無理だろう。

だがそういう場合でも、自分がかける迷惑や他人の痛みに謙虚に心を痛めながらそうするのと、ほとんど心を痛めずに傲慢にそうするのとでは全く違うのではないか。行動は同じでも、両者のその後の人生は天と地ほどに違ってくるのではないか。

 

漫画喫茶の個室で、ぼくは自分の心を見つめ返してみた。最近のぼくには、傲慢さがなかっただろうか?

 

 

大いに、あったと思った。

 

 

大学の授業に疑問を持たない学生を全員等しくバカだと決めつけ、その人たちにもその人たちなりの考えや葛藤があるかもしれないと想像しようとしていなかった。

 

毎日必死に働いているNPO法人の代表を尊敬しつつも、30歳にもなってこんな小さな組織でしか働けないのかと見下していた。

 

母がどれだけの想いでこれまでぼくを育ててくれたのか分かろうとしていなかった。母がぼくの将来を心配する気持ちには、汲む価値がないと思っていた。

 

あまりの自分の愚かさと恐ろしさに、気がついたら涙が出ていた。

天井を見上げながら、ぼくは思った。

 

 

このままお母さんを泣かせて大学を中退したら、ぼくはろくな大人にならないなぁ……。

 

 

何十年か先、もし本当に毎年のように何万人、何十万人救えるようになったとしても、その時のぼくの心はひどく曲がっているだろうなぁ。その曲がりを直すことはたぶん二度とできないだろうし、そんなねじ曲がった人が救える人の数は、結局限られてしまうだろうなぁ……。

 

今度は『罪と罰』の主人公を見つめながら、思った。

 

 

大学は続けよう。

 

 

学生のうちに色々勉強しておいた方がいいとか、お金が絡まない経験をたくさん積んでおいた方がいいとか、色々な人に色々なことを言われたけど、そんなこと全部関係ない。大学に通い続けるのは効率が悪いという考えも変わらない。

 

今あるぼくの傲慢さを直すため、そしてぼくの将来を心配する母の気持ちを汲むために、大学は卒業しよう。

 

漫画喫茶の個室でぼくは一人、十分ほど泣き続けた。

 

 

 

家に帰ると、お母さんがぼくに背を向けて台所に立っていた。

ぼくは深呼吸をしてから、「お母さん」と明るく言った。

 

「やめることにしたよ。大学を辞めるのは」

 

お母さんは振り返り、パッと笑顔になる……かと思いきや、憤怒の表情になり大声で怒鳴った。

 

 

「紛らわしい言い方をするのはやめなさい!」

 

 

ドラマみたいな言い方が通じるのは、ドラマの中だけらしいと学んだ。

 

 

 

その後ぼくは、イエスマンキャンペーンをやってみたり学生起業を目指してみたり、卒業まで色々な経験をした。

NPO法人インターンシップは試しに1回休止してみると、急に視野が広がり、やっぱりあのNPO法人に就職するのはぼくの夢への最善の道ではないと思い直した。もちろん素晴らしい会社だったけど、やはり非常に狭い視野に囚われていたなと思う。

 

人間関係も目に見えて変わった。母との関係が元通りになったのはもちろん、所属していたインカレや高校時代から付き合い続けている友達との関係が急に劇的に改善したのである。

 

それまではぼくが尖りすぎて問題を起こしまくり、かなり嫌われていたのだが、大学を続けることに決めた途端に急にみんなから好かれるようになった。自然と丸くなったんだと思う。

 

そして肝心のぼくの夢だが、道を順調に進んでいるかというと全くそうではない。

学生起業は諦め、学生最後の挑戦だった小説は失敗に終わり、卒業してから一流企業に勤めたものの4ヶ月で辞め、インフルエンサーを目指しているものの2年間結果が出せていないという散々な道を歩いている。

 

だけど、大学で得た経験も大学卒業後の経験も全て必要なものだったと思っている。これは負け惜しみでもこじつけでもなく本当に、全ての経験が糧になっていると実感しているからだ。あの時大学を辞めていたら、ありとあらゆる貴重な経験を得る機会を失っていただろう。

 

大学1年生の時、高校時代の恩師にこう言われたことがある。

 

「人生は長い。焦るな」

 

その時は全くピンと来なかったが、今は、この言葉の意味がよく分かる。

 

未来との別れ

 

「私たち……もう終わりなの?」

 

……うん」

 

 泣きながら尋ねる未来の顔を直視できず、うつむきながら答えた。重い沈黙の時が流れる。

 

「失礼致します」

 

 いい具合に店員が静寂を破ってくれた。先ほど頼んだショコラケーキをそっとテーブルの上に置きながら、チラリと未来の顔を見る。渋谷のカフェにいると、やはりある程度の注目は免れなかった。

 

 ぼくはショコラケーキを見つめながら、ふーっと息を吐いた。

 

「やっぱり……ぼくたち、もう無理だよ。続かないと思う」

 

「なんで?」

 

「未来のこだわりには、もうついていけないんだ」

 

 意を決して言うと、未来はバツの悪そうな顔をした。「それくらい」と言いかけるので、思わず制する。

 

「それくらいって程度じゃないだろ。家では服と部屋着とパジャマを分けなきゃいけない、お風呂場は順番通りに水はけしなきゃいけない、ベッドに入る時は足の裏をウェットティッシュで拭かなきゃいけない……そんな異常なこだわりをパートナーにまで押し付けて、守らないといちいち怒るんだもん。悪いけど、もう限界だよ」

 

 未来は眉間に皺をよせ、訴える様な目つきをした。

 

「でも、付き合うとき、そんな私でもいいかって聞いたら、『いいよ』って言ってくれたじゃない」

 

「そりゃ、付き合う時はね。最初は愛があったからぼくもそれに全然合わせられたよ。でも3ヶ月も付き合ってそれが日常になってくると、いくらなんでもキツイって」

 

 未来は何か言い返そうとして口を開き、結局閉じてしまった。再び静寂が訪れる。

 

 気まずさに絶え切れず少しだけ横を向いたら、隣りのテーブルにいる人がこちらを向いているのに気がついた。制服を着た男子高校生2人組だ。「あれひょっとして……」「だよな」と興奮してこっちを見ている。一睨みすると、2人ともすぐに首の向きを元に戻した。「誰だよ」と微かに聞こえた気がした。

 

「あと一つ聞いていい?」未来が暗い声で言う。

 

「何?」

 

「どうして抱いてくれないの?」

 

 思わずむせそうになった。普通の声量だったけど、耳を澄ましているだろう隣りの男子高校生にはたぶん聞こえている。

 

「最近、私がいくら頼んでも全然抱いてくれないじゃない。疲れたとか明日早いとか言い訳ばっかりして。抱くどころかキスもしてくれないし。私じゃ不満?」

 

「そ……それは……かみ…………たから」

 

 我ながら情けないぐらい、声がかすれた。

 

「何? 聞こえない」

 

「だから……神本竜之介と付き合ってたって言ったから!」

 

 思い切って言ってしまった。ぼくが未来と続けられない、本当の理由。

 

「え?」未来が目をぱちくりさせる。

 

「それが……何?」

 

2週間くらい前に、実は昔神本竜之介と付き合ってたって言っただろ……それが嫌なんだよ……

 

「そ……それの何が問題なの? もうそれは終わったって言ったでしょ? 彼が佐藤ひなこなんていう巨乳女に浮気したからって! 信じてないわけ?」

 

「信じてるよ。でもぼくは……一度も異性と付き合ってない子と付き合いたかったんだよ!」

 

「はあ?」

 

 怒っているのではなく、単純に理解できない「はあ?」だった。未来の鋭い眼光は怖かったが、一度言ってしまえば、あとは言わないでいる方が辛かった。

 

「最初の彼女は、ぼくが初めての彼氏になる人にするって、ずっと前から決めてたんだよ。それなのに、実は神本竜之介と……イチャイチャしてたなんて!」

 

「何よ! 私の体が汚れてるって言うの?」

 

「違うよ。でも、この綺麗な体を神木竜之介が触ったと思うと、色々考えちゃうんだよ。

 

それに、もしかしたら他の男ともそういう関係になったんじゃないかとも考えちゃって……。『13才の母』で三沢春馬と恋人役やって惚れたりしなかったの? 探偵学園Rで共演した山崎涼介なんて、コンサートに行ったんだろ? 好きっていう証拠じゃないか!」

 

「それは『探偵学園R』で共演して友達になったからよ!」

 

「そうやって言い訳ばっかりして信じられるわけないだろ! これからどう付き合って行けばいいんだよ。ねえ教えてよ……未来は一体誰が好きなの? 三沢春馬? 山崎涼介? 神本竜之介?」

 

「あなたよ!!!」

 

 未来が立ち上がり絶叫した。店中の客がこちらを振り向く。

 

「神本竜之介が何よ! 三沢春馬が何よ! 山崎涼介が何よ! みんな顔だけじゃない!私は崇史が好きなのよ!!」

 

 ついに大声で泣き出す。ぼくは口をポカーンと空け、ただ未来の顔を見つめていた。

 

店内中の客が口々につぶやくのが聞こえる。

 

「何?」「あの子、もしかして……」「何で泣いてるの?」「あの男彼氏?」「いや、あの子の彼氏にしてはダサすぎでしょ」「じゃあタカシって誰?」「さあ」

 

 呆気にとられたまま、ぼくは声を絞り出した。

 

「み、未来……ごめん、ぼく──」

 

「もういいわよ!そんなに私のことが信用できないんでしょ!」

 

「違うよ。ぼくは未来のことが好きだから、ただ嫉妬しちゃって……

 

「今更そんなこと言ったって遅いわよ! そんなに処女性が大事なら、男性と一度も付き合ったことない人にずっとこだわってればいいじゃない! だいたい23歳にもなって彼女の1人もできたことないってのがおかしいのよ! そんなつまんないことを無駄に気にするのも、あなたが子供だからでしょ? ずっと探してれば? あなただけのお姫様を、50歳になってもずっとね!!」

 

 いくらなんでも言い過ぎだ。ここまで言われたらぼくも黙っているわけにはいかなかった。勢い良く立ち上がる。

 

「そんなこと言ったら未来だって同じだろ! うどんは3本ずつとらなきゃだめ? 服は畳んでから着る? そんな異常なこだわりに全部合わせてくれる人なんて日本中探しても誰もいないよ! だから神本だって浮気したんじゃないの? やっぱり神本の気持ちが分かるわ!!」

 

「じゃあなんで私のことを好きになったのよ!!」

 

「綺麗だからだよ!!」

 

 え、と未来が不意をつかれたような顔になる。え、とぼくも困惑した。感情とは裏腹に、気づけば口をついて出てしまっていた。でも言った途端、未来に対する想いが溢れてきた。

 

「顔はもちろんだけど……魂が綺麗だからだよ! 芸能界でどれだけチヤホヤされても謙虚でまっすぐで、努力家な姿に惚れたからだよ!」

 

 未来が口をパクパクする。顔が真っ赤だ。

 

「もっと言おうか? 正義感が強い所! ツナを美味しそうに食べる横顔! なるべく正直であろうとするところ! 手作りの料理が美味しいところ! 子供のような寝顔! どれも大好きだよ!!」

 

 絶叫だった。ハアハアと肩で息をする。もはや店内中の客全員が一言もしゃべらずぼくたちを見ていたけど、全く気にならなかった。

 

「こっちこそ聞かせてもらうけど、そんなに言うんだったら、未来はなんでぼくのこと好きになったわけ?」

 

「それじゃ、言わせてもらうわよ」涙をぬぐって、未来は目を見開いた。

 

「全部よ!! 優しいところも、真っ直ぐな目も、正義感が人並み外れて強いところも、子供っぽいところも、嘘が下手なところも、キスがうまいところも、全部大好きよ!」

 

 未来も肩で息をし、2人はしばらく黙って見つめ合った。そして、2人同時にえーんと声をあげて泣き始め、抱き合った。

 

「好きだ」

 

「私もよ」

 

 未来の髪が鼻に当たる。シャンプーの香りがした。いつまでも、こうして抱きしめていたかった。それでも、言わなければならない。

 

「でも」とぼくが言うと、

 

「もう」と未来が応えた。

 

「続けられない」

 

「うん」

 

「こうなる運命だったんだ」

 

「そうね」

 

「お互いの幸せのために」

 

「別れましょう」

 

 合図もせず、2人は同時に手を放した。再び見つめ合う。ありったけの力を振り絞って、ぼくは笑った。

 

「未来はさ、名前の通り、未来に向かって生きなきゃ駄目だ。こんな過去を引きずるような男より、もっと良い男と付き合うべきだよ」

 

「崇史も、こんなわがままな女よりもっと素敵な人が見つかるよ」

 

「ありがとう。じゃあ、お互いの未来のために」

 

「ええ」

 

 最後は、2人声を揃えて言った。

 

「さよなら」

 

 2人同時に歩き出そうとしたとき、割れんばかりの爆発音が響いた。え、と思い周りを見ると、それは店内中の客の拍手だった。

 

「素晴らしい! 2人は素晴らしいです!」

 

「いいものを見せてくれてありがとうございました!」

 

隣りの席にいた男子高校生2人が叫ぶ。顔を真っ赤にして号泣していた。他にもあちこちから「素敵ね!」「最高だぜ!」などと聞こえてくる。

 

「みなさん……ありがとう!」

 

 未来が言い、お辞儀した。ぼくも合わせてお辞儀した後、男子高校生に向き直った。

 

「君たち……彼女はいる?」

 

「います」「ぼくはいません」と、2人が口々に答える。

 

「そうか」ぼくはふっと笑ってから、いないと答えた方を指差した。

 

「彼女を作るコツは、焦って下手に彼女を作ろうとしないことだ。まずは男を磨け。そしたら、自然と女性はついてくる」

 

「はい!」

 

「それから君」もう一人の方を指差す。

 

「彼女に優しくしてやれよ? ぼくみたいに、泣かせないようにな」

 

「はい!」

 

 2人とも満面の笑みでうなずいた。

 

「じゃ、行こうか、未来」

 

「ええ」

 

 2人が歩き出すと、拍手がいっそう大きくなった。大勢の人々の笑顔と泣き顔に囲まれながら、ぼくたちは店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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無粋であることは承知していますが、必要な事だと思うので注釈を添えます。

 

この話でぼくは女性の処女性に強いこだわりを持っていることを彼女に打ち明けていますが、これは本来は厳に慎むべき行為です。

 

何故ならそのことによって、「性体験のある私は汚れているんだ」と、その女性を傷つけ苦しませてしまう可能性があるからです。

 

もちろん、性体験があるからといってその女性が汚れているなんていうことは一切ありません。

 

この話のぼくのように考える男は確かに一定数いますが、それは男の勝手な妄想に過ぎず、女性がその考えや言葉を真に受け傷つき悩む必要はありません。

 

数えられないほど多くの性体験を積んでいようと、自分は性体験のない人と変わらない綺麗な身体と高潔な魂を持っているのだと胸を張ってください。

 

 

ただ一方で、もしこの話を読んで処女性を気にする男性の心理に強い嫌悪感を持った方がいたとしても、それを人でなしのように蔑視し公然と非難することは控えていただけると嬉しいです。

 

許しがたいエゴだとしても、一定数の男はやはりどうしても、女性の処女性を気にしてしまうのです。それは例えば、容姿が綺麗でない人のことを異性として好きになれない人がいるのと同じような話です。

 

容姿が綺麗な人を愛せない心理と同じように、処女性を気にしてしまう心理は、「それを言われて傷つく人の前で言うこと」が問題なのであり、「そういう心理を持っていること」自体は大きな問題ではありません。「思うこと」は自由なのです。

 

この話では、彼女に「どうして抱いてくれないの?」と強く詰められたので「正直に言うのがベストだ」と判断しぼくはあの告白をしました。その判断は正しかったのか、あるいは嘘の理由でごまかした方が良かったのか、それは誰にも分かりません。

 

 

以上、何も書かなければ多くの女性を傷つけ怒らせてしまうと思ったので、野暮ではあると思いましたが注釈を書きました。

 

え、ぼくは今はもう処女性にこだわっていないのかって?

 

 

それは、ご想像にお任せします。

 

【相談】転職したいと思ってる自己中な自分が情けない→一番大切なのは自分の人生だよ。

 
 
隼人(仮名)という同い年の男友達から、ある日こんなことをLINEで言われました。
 
 
ー今の会社が合わないしスキルアップをしたいから転職したいんだけど、今の会社の人たちには本当にお世話になったから辞めるのがすごく申し訳ないんだよね。申し訳なさすぎていつまでも上司に切り出せなくて、最近マジで情緒不安定になってる……。こんな自己中な理由で辞めようとしてる自分が情けないよ……。
 
 
「もしかしたら少しその気になるかもしれないと思うことちょっと長く言っても大丈夫?」と聞いて許可を得てから送った長文を公開します!
 
 
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会社を辞めるって言った時のみんなの顔とか、辞めた後みんなにかかる迷惑とか想像するのってめちゃくちゃキツいよね……。ぼくも新卒で入った会社を4ヶ月で辞めた経験があるから、気持ちはけっこう分かると思う。
 
ただ今の話を聞いて、ぼくは隼人のこと、自己中どころかむしろ立派な人だと思ったよ。身の回りの人を無下にできずに自分の行きたい道に進むのを躊躇しているその人間性が、素敵だと思った。
 
で、辞めてもいいかどうかだけど、普通に辞めていいんじゃない?
 
「自分のために他人に迷惑をかけること」ってすごく悪いことだとされてる風潮があるけど、ぼくはそれってそこまで悪いことじゃないと思うんだよね。
 
だって、一番大切なのは自分の人生じゃん。

そりゃ人に迷惑をかけないに越したことはないけど、「自分の幸せ」と「他人に迷惑をかけないこと」を天秤にかけた時に前者を取ることは悪じゃないでしょ。もちろん無罪じゃないけど、「しょうがない」で済む話だよ。
 
 
ただ1つすごく大事だと思ってることがあって、それは「ちゃんと『申し訳ない』って思うこと」。
 
同じ「人に迷惑をかける」行為でも、心から「申し訳ない」って思いながらするのと、「他人への迷惑なんて知らねえよ」って思いながらするのとでは全然違うと思うんだよね。後者の人はどんどん曲がっていって、結局ロクな人間にならないと思う。
 
 
で、この観点から言えば、隼人は大丈夫だと思うんだよね。
隼人が人間できてないクソ野郎だったらぼくもどうかなと思うけどさ、これまで何度も伝えている通り、隼人は十分すぎるほど素晴らしい人格を持ってるじゃん。
 
 
今の会社を辞めたいのは自己中だからじゃない。人に迷惑をかけることを十分に理解した上で、それでもどうしても今のままじゃ嫌だと思うからだよ。
 
「人に迷惑をかけること」と「自己中じゃないこと」は両立するとぼくは思う。
 
だからそんなに自分を卑下せずに、今の会社は普通に辞めたらいいんじゃないかな?
 
 
もっと簡単に言おうと思ったのに予想以上に長くなってごめん!
  
後ろめたい気持ちを持ちながらも毅然として、自分にとって最も良い道を選べば良いと思うよ!
 

「進学してる時点で婚期遅らせてるよね」と言われて幸せの手に入れ方が分からなくなりました→あなたは堅実な道を選んだだけなので焦らず自分の道を行きましょう。

 

質問箱からの相談です!

 

ー来年から社会人になる、21歳の大学生です。

私は「大卒」の肩書きのために進学をしたのですが、同い年の子から「進学してる時点で婚期遅らせてるよね」と言われて苛立っています。

私が選んだのは医療系の道なのでその子よりもお金稼ぐのにって思いますが、その子は「大卒」という肩書きがなくても結婚して子供もできて容姿は良くてマイホームもあるという良いことづくめです。

嫌々進学した私はどのように幸せを手に入れればいいのか分からなくなってしまいました。レンタルさんはこの子の思考回路どう思いますか?

 

 

以下、ぼくからの回答です!

 

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長文でのご相談ありがとうございます。

自分がした苦労をすっ飛ばしている人が自分より幸せそうに見えると、どうしようもないやるせなさを感じますよね。

 

お話を聞く限りでは、その子の思考回路は「論理的だけど自分本位」だなぁと思いました。

 

自分の幸せを掴むために何が必要で何が不要かを分かっていたから、その子は大学に行かなかったのでしょう。その判断ができた論理力はすごいですが、だからと言って他の人の生き方にケチをつけていいわけではありません。もう少し他者への心配りが必要だと思います。

 

さて、訊かれているのは「この子の思考回路どう思いますか」だけですが、「嫌々進学した私はどのように幸せを手に入れればいいのか分からない」ともおっしゃっているので、この悩みに対するぼくなりのアドバイスもお伝えしたいと思います。

 

以下、すごく長くなりますのでお時間のある時に読んでみてください。

 

 

お金持ちになることや立派な家を持つこと、結婚することや子供を作ることを目指す人は、お金持ちの白馬の王子さまが勝手にやってくるような特別な人でない限り、「努力して望みを勝ち取っていく」生き方をすることになります。

 

ここでポイントになるのは、

「その『努力するもの』は人によって違う」

ということです。

 

人のステータスにはいくつも種類があります。
頭がいい、お金持ち、人格が優れている、コミュニケーション力が高い、容姿がいい……。

それらの中で質問者さんは「(大卒という)立派な肩書きがある」「お金持ち」というステータスを伸ばすことを選んだということなのです。

では、「その子」はどうだったのでしょう。
同い年なのにマイホームを建てたということは、自分でお金を稼いだのではなく、お金持ちの男性と結婚したのでしょうか。

 

もしそうであれば、その子は「女性として魅力がある」というステータスが極めて高かったのです。

その子はそのことを自覚していたから、「勉強ができる」とか「大卒」とかいうステータスを伸ばすことにコストをかけるよりも、自分の長所である「女性として魅力がある」というステータスを伸ばすことにコストをかける方が、自分の幸せには近道だと考えたのだと思います。

 

つまり、質問者さんからはその子が楽をしているように見えるかもしれませんが、その子はその子できっと、「進学する」ということ以外の努力をしてきたのです。

「容姿」は元から良かったのかもしれませんが、他の、たとえば「コミュニケーション力が高い」とか「気配りができる」とかいうステータスは努力で高めたのかもしれません。

そういう、「幸せを掴むために彼女がした努力」を探してみるといいと思います。それが見つかれば、少しは今の気持ちが収まるのではないでしょうか?


では、見つからなかった時はどうしましょう?

「あの子は性格悪いし『女性として魅力がある』っていうステータス低いんだけど!特に努力してるようには見えないんだけど!」と思うかもしれませんね。

それは質問者さんからそう見えるだけなのかもしれませんが、その見立ては当たっていて、実際その子は特に努力をしていないのかもしれません。

 

だからそう見える時は、「そもそも人は平等ではない」という残酷な現実を受け入れなければならないでしょう。

 

羨ましいことに、世の中にはさほど努力や苦労をせず幸せな人生を送れる人がいます。いわゆる「恵まれている」人です。

ずるいですよね。ぼくもそういう人を見るとめちゃくちゃ嫉妬してしまいますが、それはもう受け入れるしかないのです。めちゃくちゃ悔しいけど、「そういう人もいる」と割り切るしかありません。

 

でも、だからと言って腐る必要はないんです。なぜなら、特別に恵まれているわけではないぼくたち「普通の人」にも逆転のチャンスは残されているからです。

先ほどステータスの話をしましたが、言うまでもなく、ステータスというのは「伸ばす」ことができます。

最初から高くなくても(=恵まれていなくても)問題ないのです。

 

質問者さんは「(大卒という)立派な肩書きがある」「お金持ち」というステータスを伸ばす道を選びました。なら、自信を持ってその道を突き進みましょう。

 

日本はいい意味でも悪い意味でもまだ学歴社会ですから、「大卒」という肩書きはけっこう強い武器になります。そしてその武器を使って医療系の職に就けば、「自分の力でたくさんお金を稼ぐ」というもっと強いステータスが手に入ります。

 

これらは、あなた特有の強みです。

あなたには「その子」の持つ強みはないかもしれませんが、「その子」にもあなたの持つ強みはやっぱりないんです。

 

しかも、考えようによっては質問者さんの方が有利かもしれません。

だって、「その子」はもしかしたらいつか結婚相手と別れてしまうかもしれないけど、質問者さんの肩書きや職はよほどのことがない限り無くならないからです。

 

問題は無事に結婚と出産ができるかどうかですが、それもきっと大丈夫でしょう。「医療系の仕事をしていてお金がある」というのは「結婚」という世界の中でも非常に強いステータスですし、今のぼくの話を聞いた質問者さんなら「他のステータス」も伸ばすことができるだろうからです。

 

つまり、質問者さんは堅実で確実な道を行っているのです。そういう道では結果が出るのはどうしても遅くなりますが、長期的に見れば、より安定して幸せな人生を送れる確率は高いと思います。

 

周りと比べる必要はありません。自分にないものではなくあるものを見つめ、焦らず自信を持って、自分の道を進んでいきましょう!

 

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質問者さんからは後日、こんなリプライをいただきました。

 

「回答ありがとうございます。

納得のいく回答を得られたからって相手の子と普通に接することはできません。

ただ容姿がよかったから? そんなことで簡単に幸せが手に入るなら自分、親まで恨みますね。

それが自分の運命なのかもしれません……」

 

 

ぼくとしては「運命」なんて言ってしょげて欲しくはないのですが、これ以上は依頼の範囲を超えてしまうので残念ながら何も言えませんでした……。

 

簡単じゃないからこそ人生は面白いとぼくは思うんですけどね……そう思ってもらうのはなかなか難しいです……。

 

23歳童貞が風俗店に行って風俗嬢に指一本触れずに爆笑させて帰ってきた話

 

社会人1年目の5月、大量の初任給を手に入れたぼくは人生初の風俗店に行った。

 

エロいことをするためじゃなく、社会見学のためだった。

 

嘘じゃない。マジでガチで社会見学のためだけに行った。

ずっと前から風俗の世界に興味があり、働いている人と直接話をしてみたかったのだ。

 

「社会見学をしたいのが本当だとしても、エロいこともしたいんだろ?」

 

誰もがそう思うだろうが、それは明確に否定しておく。性的なことをするつもりは本当に一切なかった。

別に、女性に興味がないわけではない。ぼくはそういう欲求は普通に持っている。

 

じゃあなぜ風俗店に行くにもかかわらず、性的なことをするつもりがないのか?

それは、

 

「自分の初体験は彼女に捧げる」と決めていたからだ。

 

そう、ぼくはこれまで1度も性行為をしたことがなければ彼女ができたことすらない、

23歳にもなって、女の子に指一本触れたことがない純度100%童貞なのだ。

 

なぜこんなことになっているのか、本当に分からない。ぼくには確かに変わったところがたくさんあるけど、普通に社会生活を送り多くの人と良好な人間関係を築いてきた人間だ。

延々と話せるぐらい仲の良い女の子友達だって7人もいる。なのになぜ彼女が1度もできたことがないのか、この世の最大の謎である。

 

さて、23年間も性体験がない男はどうなってしまうのか、想像がつくだろうか?

 

そう、童貞をこじらせてしまうのだ

 

23年間も取っておいたのだから、初めての体験は最高のものにしたい。心から愛し合う最高に素敵な彼女と、理想的な営みをしたい。

 

一心にそう願い続けてきたので、愛し合っていない風俗嬢と初体験を済ませるわけには絶対にいかなかったのだ。

 

以上の理由から、ぼくはどんなことがあっても風俗嬢には指一本触れないと固く心に決めていた。

 

 

 

めちゃくちゃ緊張しながら受付を済ませ案内された部屋で待っていると、

 

「はじめまして〜。アイです」

 

とにこやかに言いながら推定年齢24歳ぐらいの女性が入ってきた。

なんと銀髪である。ギャルっぽくてぼくのタイプではなかったが、すごく綺麗な女性だった。

 

ぼくは間髪入れずに言った。

 

「あの、ぼくは社会見学的な目的で来たので、何かするつもりは一切ありません! なので何もしないでください! お話だけでお願いします!」

 

ここで「はぁ?」と言われ引かれることを覚悟していたが、アイさんは意外にも、「そうなんだ〜。分かった!」とにこやかに言ってくれた。めちゃくちゃ話しやすそうないい人だな、とホッと胸をなでおろした。

 

それからこのお店に来た経緯などを話し始めたのだが、話しながらぼくはふと、視線を少し下に向けてみた。その動作に特にいやらしい目的はなく、どんな服を着てるのか確認したいぐらいのつもりだった。

 

しかしぼくは、ある一点に視線が釘付けになってしまった。

 

 

おっぱいである。

 

 

ほんの数十センチ目の前に、おっぱいがあるのである。もちろんキャミソールでしっかり隠れているのだが、それは今までのおっぱいとは全然違うことにぼくは気づいたのだ。

 

 

そう、これは、揉んでもいいおっぱいなのである。

 

 

ぼくはこの時初めて、世の中には2種類のおっぱいがあることに気が付いた。

 

 

揉んでもいいおっぱいと揉んではいけないおっぱいだ。

 

 

ぼくが今まで生で見てきたおっぱいは全て、揉んではいけないおっぱいだった。

 

触りたいという衝動があるのに絶対に触ってはいけない、触った瞬間に人生が終わる禁断のおっぱいだったのだ。

 

 

しかし、今目の前にあるおっぱいは違う。

ここは風俗店だ。8000円という大金を払ってこの店に入ったぼくには、対価を受け取る権利がある。今目の前にあるおっぱいは紛れもなく、揉んでもいいおっぱいなのだ。

 

「どうしたの?」

 

アイさんの問いかけに、ぼくはビクッと我を取り戻し、アイさんの顔に視線を戻した。

 

「すみません……。目の前にあるのが揉んでもいいおっぱいだと思ったら急に冷静じゃいられなくなってしまって……」

 

アイさんは声をあげて笑い、こう言った。

 

 

「揉む?」

 

 

 

 

揉む?????

 

 

ぼくは耳を疑った。生で生まれて初めて聞いた言葉だった。

 

今までは絶対に揉んではいけないものだったおっぱいを、女性が、しかもとびっきり綺麗な女性が、「揉む??」と笑顔でぼくに聞いてくれているのだ。そんなことがあっていいのだろうか?

 

この言葉により、目の前のおっぱいの「揉んでいい度」は格段に上がった。

 

さっきまでは単に「お金を払ったから揉む権利がある」程度だったが、今は違う。

アイさんはぼくの「何もする気はありません」宣言をしっかり聞いたのだ。それにも関わらずこう言ってくるということは、「お金のために嫌々揉ませている」わけではないということだ。

 

それでも、一応訊かなければならない。

 

「あ……あの、素朴な疑問なんですけど、嫌じゃないんですか……?」

 

「うーん、割り切ってるからね。なんとも思わないかな」

 

割り切ってる。すごいことだ。ぼくが今まで会ってきた女性はみんな自分の体をすごく大切にしていた。分別のつかないクソ男子に頭をポンポンされただけで嫌がっていた。お金をもらえるからといって、人間そんなに割り切れるものなのだろうか。

 

どうしようどうしよう。ぼくはアイさんのおっぱいを見つめながら、またしても重大なことに気づいた。

 

 

そうか、これは「揉んでもいいおっぱい」であると同時に、「見つめてもいいおっぱい」なんだ。

 

 

今まで出会ってきたおっぱいだったら、見つめ続けただけで変態の烙印を押されただろう。だけど今は違う。穴が空くほど見つめ続けててもなんとも思われないのだ。

 

ぼくはアイさんのおっぱいを見つめながら考えた。揉むべきか、揉まないべきか……。

 

 

ーもう、いいんじゃないか?

 

心の中で、悪魔の声がした。

 

ー何をためらうことがあるんだ。目の前に法的にも倫理的にも揉んでいいおっぱいがあるのに、揉まない男がどこにいる。

 

いや、だけど……。ぼくには鉄壁の理由があるんだ……!

 

ー初体験は彼女にって? そんなこと言い続けて、一体いつ彼女ができるんだよ? このままじゃお前、30になっても童貞だぞ。

 

でも……。

 

ーお前は今までよく頑張ったよ。人並みの欲求があるくせに23年間、セクハラやストーカーなどはもちろん、手スリスリや頭ポンポンすらせず、ここまでよく潔癖を貫いた。十分すぎるぐらい頑張ったんだから、もういいじゃないか。

  

そうか……。確かに我ながらよく頑張ったよな……。もう、いいか……。

 

そう思いアイさんのおっぱいへ手を伸ばしかけた時、さっきとは別の声がした。

 

 

 

「タカシ、初めてじゃないんだ」

 

 

 

それは、未来の彼女の声だった。

そう、ぼくが初体験を彼女に捧げることにこだわっているのには実はもうひとつ別の理由があった。

 

それは、ぼくの彼女ならきっと、2人の初夜が来る時までぼくが初体験を大切に取っておいたことを喜んでくれるだろうと思っていたことだ。

 

この「彼女」だが、実は具体的な人をイメージしていた。

 

当時ぼくは女優の志田未来が大好きでいつか絶対に彼女と付き合うと決めており、というか、脳内ではすでに付き合っていた。

志田未来がガッカリする姿が浮かんだ。

 

 

「タカシの初めては、私のために取っておいて欲しかったな」

 

 

未来の彼女というか彼女の未来が、そう溜め息をつくのが聞こえた。

 

そうだよね、未来。未来とのその時のために、このおっぱいは揉まないでおくよ。

 

ぼくは心の中でつぶやき、やはりおっぱいを揉まないことをアイさんに宣言した。

 

 

 

 

それからはタイマーが鳴るまでの間、どうしておっぱいを揉まないことにしたのか、志田未来と脳内でどう言う風に付き合っているのかなどをアイさんに話して聞かせた。

アイさんの反応はというと、爆笑だった。

 

「実はこの前1回別れたんですよ」

「え!?脳内なのに!?」

「はい。未来がキスしたいって言ってるのに、恥ずかしくてぼくが拒んじゃって……」

「ちょwww 待って、ヤバすぎwwww」

 

こんなやりとりをしながら、ぼくは懐かしい幸福感に包まれた。

レンタル話し相手のアカウントではまだそういうキャラを出していないが、ぼくは実はONE PIECEのサンジのような性格も持っていて、性や恋愛感情についてあけっぴろげに話すことをよくするのだ。

 

あまりにオープンにしすぎるために「気持ち悪い」と言われることもあるけど、なんでそんなことをするかというと、オープンにした方が平和だと思っているからだ。

 

人間なんてどうせエロいこととか変なこととかを考えてる生き物なんだから、それを下手に隠して溜め込むよりも、明るく発露した方が性欲や恋愛感情についてみんながプラスイメージを持てるようになるのではないかと考えている(もちろん、場や程度などについては本当によく考え見極めなければならないけど)。

 

しかし入ったばかりの会社でいきなりそんなキャラを出せるわけもなく、この数週間はずっとクソ真面目に振舞って窮屈な思いをしていた。

 

久しぶりに遠慮なくこういう話をして、お腹がよじれるほど人を笑わせている。

8000円も払って入った風俗店で一体ぼくは何をやっているんだろうとも思ったけど、ぼくにとっては性行為をするよりもずっと、気持ちのいい時間だった。

 

退出する時、アイさんは「マジで楽しかった!」とたぶん心から言ってくれた。今も元気でいてくれてるといいなと思う。

 

 

ちなみにこの約4ヶ月後に志田未来さんはぼくではない一般男性と結婚してしまった。なんという裏切りだ……。

 

今はもう異性として好きな人はいない。

彼女、募集中です。