エッセイ 『コンビニ』

 

ぼくは大学3年生の時にエッセイ(筆者の体験や読書などから得た知識をもとに、それに対する感想・思索・思想をまとめた散文のことを書いて「随筆春秋」という雑誌のコンクールに応募したことがあるのですが、眠らせておくのはもったいないのでその原稿をこのブログに載せてみます(一応電話で随筆春秋さんに確認したら、ネットで公開しても問題ないそうです)。
 
ぼくは大きくなってからは本気で文章を書く経験をしていなかったのですが、なぜ急にエッセイを書いて応募しようと思ったかと言うと、「自分の得意なこと」を知りたかったからです。
 
ぼくは学校を創るための資金と人脈を得るために学生団体やインターンシップなど色んなことに挑戦したのですが、どれも結果が出ず、大学3年の時に途方に暮れていました。
 
「何をやっても成功しない。というかまず努力ができない。ぼくは一生成功できないのか……?」
 
と悩んでいたのですが、ある時ふと、ダメだった理由が分かりました。
 
「そうか! 好きで得意なことをやっていなかったからだ!」
 
よく考えたら、学生団体やインターンシップは「やらなければならないこと」だったり「これだったら成功するかも」と打算的に考えていたことだったりしたんですね。
好きじゃないから頑張れない。得意じゃないから成果が出ない。こんな当たり前のことにずっと気づいていなかったのです。
 
次に「じゃあ好きで得意なことはなんだろう?」と考えてみたのですが、よく分かりませんでした。
幼い頃から自分に強烈な自信を持っているくせに、「賢い」とか「優しい」とかいう漠然とした要素の自信しかなく、「じゃあ何ができるの?」と言われたらいつも何も言えてなかったんですよね。履歴書の「特技」の欄を埋めるのに毎回苦労していました。
 
「『これがぼくの特技です!』って自信を持って言える『スキル』が欲しいなぁ」と思ったもののその探し方が分からず悩んでいた時、久しぶりに超有名自己啓発小説『夢をかなえるゾウ』を読んでみたら、ドンピシャのセリフがありました。
 
 
「人生を劇的に変える1番手っ取り早い方法はな、応募することや。自分の才能が他人に判断されるような状況に身を置いてみるということやな。
落選して自分の才能がないって判断されるのは怖いねんけど、それでも可能性を感じるところにどんどん応募したらえねん。そこでもし才能認められたら、人生なんてあっちゅう間に変わってまうで」
 
 
「なるほど応募か! 応募して評価されたら、それは間違いなく自分の得意なことだ!」
 
何に応募しようかと色々と考えた結果、「文章」の力が試されるものがいいんじゃないかなと思いました。
 
「よく考えてみれば、小学生の時から作文や詩で賞を取ることはけっこう多かった気がする。卒業文集とかも本気でのめり込んで書いてたし、ぼくにとって文章を書くことは『好きで得意なこと』なのかもしれない」
 
色々調べて、「随筆春秋」という雑誌のエッセイコンクールに応募してみることにしました。締め切りや発表が近かったからという単純な理由です。
 
で、書いて応募してみたらなんと、入選してしまいました。
最優秀賞や優秀賞はもちろん無理でしたが、応募作品約400作品中、上位約20作品の「入選」に選ばれたのです。
 
 

f:id:Rentalhanashiaite:20200803155951j:plain

 

 

「うおー!! 文章の勉強なんて一切してないのにいきなりこの快挙は天才じゃね!?」
 
と例によって調子に乗った後、
 
「やっぱり『文章を書くこと』は『好きで得意なこと』なんだ! これでこれからは『文章を書くことが得意です』って堂々と言えるぞ! 文章で名を上げよう!!」
 
と思い、ぼくは大学最後の挑戦として本格的な長編小説の執筆に取り組むことになったのでした(これは大失敗に終わります)。
 
 
前置きがめちゃくちゃ長くなりました。本文並みに長かったかもしれません。
 
そんな経緯で書いたエッセイ、『コンビニ』です。ぜひご覧ください。
 
(当たり前ですが色々と今よりだいぶ拙いです)
 
 
〜〜〜〜〜〜
 
 
 からあげクンのレギュラーが床に散乱した。
「すみません」謝りながら急いで拾い上げる。
「久保くん、また?大丈夫?」
 店長が若干苛立ちながら言った。この二時間で三回目なのだから無理もない。
 床に付着した油をペーパータオルで拭き取りながら、自分のあまりの不甲斐なさに泣きそうだった。コンビニの仕事がこれほど大変だなんて、想像もしていなかった。
 
 大学一年生の十月、貯金が底をつきかけた僕は人生で初めてアルバイトをする必要に差し迫られた。迷わずコンビニを選んだが、ほぼ突っ立ってレジをしているだけでいいのだろうなと高をくくっていた。
 ところが実際に働いてみると、コンビニの仕事は想像の百倍忙しかった。ポイントカードのスキャンや商品の袋詰め、揚げ物の製造・廃棄、ゴミ捨て、トイレ掃除、消耗品の補充、郵送、納品……。あまりにも多くの仕事に目が回りそうだった。
 たかが買い物をするだけの場所の裏側にこれほど大量の仕事があるなんて。初めてのシフトのあとには人生最大の疲労が全身を襲っていた。
 アルバイトが……“労働”というものがこれほど過酷なものだったとは。まさに身に染みて理解し、身の程を恥じた。
 
 僕は小さいときから、労働というものを軽視していた。教師や経営者のような、個性を発揮でき人や世の中にも強い影響を与えられる職業には憧れていたけれど、個性が発揮されなさそうで、ただ静かに社会を支えている職業はつまらないものと思っていた。
 飲食店員、駅員、工事現場作業員、清掃員……これらの仕事は、いわゆる“社会の歯車”でしかないと考えていたのだ。そうした職業に従事している人々を町中で見るたび、「この人たちは自分の人生の大半をこんなつまらないことに捧げていて幸せなんだろうか」などと疑問に思っていた。
 それは当然、コンビニの店員に対しても同じであった。ほぼ毎日利用している家から一番近いコンビニは、朝はいつも六十歳くらいの痩せたおじいさんがレジをしている。レジ打ちも袋詰めも驚くほど遅く、あまり生気を感じない人だった。このコンビニで買い物をする度に、「社会の歯車をさせられているなんて情けない人だなあ」等と思っていた。
 
 そして僕は高校二年生の文化祭で、とんでもない過ちを犯してしまう。
 クラスの出し物で演劇をやることになり、僕の脚本が採用された。将来宇宙飛行士になりたいと思っていた主人公が魔法で十年後の未来へ行き、宇宙飛行士になっていない自分を見て愕然とするが、現在に戻ったあと奮起し夢を叶えるというストーリーだ。
 だが問題だったのは、十年後の主人公の職業だった。コンビニの店員だったのだ。宇宙ステーションで働いているはずの未来の自分がコンビニで働いているのを見た主人公は「なんでコンビニなんかで働いてるんだよ!ふざけるな!」と、未来の自分に恫喝するのだ。そして未来の主人公も「俺は努力しなかったからコンビニの店員にしかなれなかったんだ」と返してしまう。
 その演劇の上演を観た母が真っ先に言ったことは、「あんた、コンビニの店員に失礼じゃない」だった。
「もしお客さんの中にコンビニで働いている人がいたらどう思うの」と言われ、愚かなことをしてしまったことに初めて気がついた。
 だが、コンビニの店員を見下していたのは真実であった。
 
 そんな経験から、僕はアルバイト先にコンビニを選んだのだ。あのとき脚本で「どうしてそんなところなんかで働くんだ」と馬鹿にしたそのコンビニで働いてみたらどうなるだろうかと思ったのだ。
そして、結果がこのざまだった。「そんなところ」で働いた僕はものの見事に鼻っ柱をへし折られてしまった。
おい、高校生の時の自分よ。お前はそこでたったの五時間働くだけでボロボロになるんだぞ!
 それに、コンビニがなければお前は困るんじゃないのか。消費ができるのは生産してくれる人がいるからだろう。生産する為にどれだけの苦労があるかも知らずに店員を馬鹿にするなんて、お前はいったい何様なんだ?どんな思い上がりだ?
 
 翌朝、どん底の気分で家を出た。朝食を買うため、いつも通り自宅前のコンビニに寄る。
商品を手に取りレジに並んだ。いつものあのおじいさんがレジをしている。首を伸ばして手元を見てみたが、やはり捌くのがかなり遅い。
 並んでいる間、商品棚を眺めてみた。あれ、意外としっかり前陳ができているんだ。古い日付の商品が最初に手にとられるような配置がきちんと守られているし、ヨーグルトやプリンはラベルが真正面に来るよう整然と並べられていた。
 さらに店内をよく見渡すと、ピカピカに掃除された床や手書きのセール品告知ボード、高く積まれている納品ボックスが目に入った。途端、目から涙が出てきた。
 これまでは全く意識もしていなかったけれど、こんなに色々な手間や工夫があったのか。何一つ見えていなかった。あんな弱々しそうなおじいさんがどうやって納品の重い箱を運んでいるのだろう。毎日毎日、いったい朝何時から準備をしているのだろう。どれだけの膨大な時間、このお店を守り続けてきたのだろう。
 レジが進み自分の番になった。パンを二つとヨーグルトを一つ、カウンターに置く。
「いらっしゃいませ」
 おじいさんは弱々しい声で言い、ゆっくりとレジ袋を取り出し詰め始めた。ヨーグルト用のスプーンもきちんとつけてくれる。
 ああ、どうしよう。今日まで何百回と買い物をしているけど、一度も会話をしたことなんかない。毎回「いらっしゃいませ」って言ってくれていたのに、それに反応したことすらない。いつも素っ気なくお金だけ払っていた。
「あ、あと、からあげクンのレギュラー、ひとつお願いします」
咄嗟に言った。かしこまりましたと言って、レジを打つ。
「四四九円になります」
 おじいさんがしっかりと手を消毒し、からあげクンを手に取り丁寧に蓋をし爪楊枝をつけてくれる間、僕は心の中で激しい葛藤をしていた。言おうか、それとも言わずに店を出ようか。心臓がバクバクする。
 五百円玉を渡し、お釣りと品物を手渡された。ありがとうございましたと言ってお辞儀をしてくれる。
 こちらも軽く会釈をし、やはり言わずに店を出ようとした。後ろを振り返ると二人のお客さんが並んでいる。一歩を踏み出そうとして、衝動が僕を踏み留めた。
「あ、あの、いつもご苦労様です。ありがとうございます」
 目を見ては言えなかった。おそるおそる顔をあげると、おじいさんがキョトンとした顔で僕の顔を見つめていた。そして2秒くらいしてから、
「いつもご来店、ありがとうございます」
 そう言って、くしゃっと笑った。初めて見る笑顔だった。